木曜レジオ

恥の多い人生ですね(達観)

イメージで掴めるかもしれない肺炎 レジオネラとガメラ2 レギオン襲来

主が、『おまえの名は何か』とお尋ねになるとそれは答えた。『我が名はレギオン。我々は、大勢であるがゆえに』
マルコによる福音書5章9節 より

肺炎をまとめたい

久しぶりに医学ネタでも書くかと言うわけで、今僕が呼吸器を勉強していて肺炎のことがちっとも覚えられないので、ブログ書きつつまとめつつ覚えて行けたらな、という記事シリーズにしていきたいです。

いつものアフォリズムシリーズとは違う感じで趣味性のある読み物として呼んでもらえたら良いのかも知れません。

また、毎度のことながら留年生の言うことなので全面的に信用して留年しても当方は知りません!

ガメラ2 レギオン襲来


冒頭の聖書の一節は、ガメラ2 レギオン襲来という怪獣映画に出てくるセリフです。

この映画に出てくるレギオンという怪獣を見たときに登場人物が口走りました。(洋画の登場人物かコイツは)

以下Wikipedia https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%25E3%2583%25AC%25E3%2582%25AE%25E3%2582%25AA%25E3%2583%25B3_(%25E6%259E%25B6%25E7%25A9%25BA%25E3%2581%25AE%25E6%2580%25AA%25E7%258D%25A3) より引用したレギオンの解説

隕石と共に地球へ飛来した。炭素化合物(有機物)で形成されている地球上の生物とは異なり、ケイ素(シリコン)の化合物で形成されているケイ素生物であり、未知の絶縁体で構成された甲殻は各種の電磁波を反射する。
「レギオン」とは、新約聖書のマルコによる福音書5章9節に現れる言葉。「主が、『おまえの名は何か』とお尋ねになるとそれは答えた。『我が名はレギオン。我々は、大勢であるがゆえに』(翻訳は映画オリジナルのもの)。」ローマ軍団のレギオン(古典ラテン語:legio)から転じているが、聖書では男に取り付いた悪霊が自らのことを指して呼んでいる。劇中では、ガメラを襲ったソルジャーレギオンの群れを見た自衛隊隊員により、「大勢/多数」の意味から名づけられた。なお、作中における「レギオン」という呼称は略称に過ぎず、正式呼称は「Symbiotic Legion」となっている。

ギオン自体はこんなのです。人間大の虫と言ったところ。コイツが土の中を移動してワサワサと群れになって地下鉄とかで襲ってくるわけです。映画冒頭の地下鉄でのレギオンが人間を襲うシーンは最早ホラー映画です。サイズ的に怪獣か?と思われるかも知れませんが、レギオンには想像以上に興味深い生態があるんですよ。映画 レギオン襲来は怪獣映画でもありますが、その宇宙怪獣としての設定はSFとしてもとても面白く、正直レギオンだけでアニメの1クール回るくらいの素材だとおもいます。是非実際に見てその生態を確認してみてください。

オタク語りな映画の話は置いておくとして、重要なのはレギオンの語源が古典ラテン語
legio
であることです。…なんか見たことがある言葉ですよね(露骨な誘導)。
上記の引用部分にも書いてありましたが、ローマ市民のみで構成されるローマ帝国陸軍の基本構成単位がレギオンでありました。つまりおっさんの群れです。

レジオネラ

国試的に言えばレジオネラと言えば温泉!温泉と言えばレジオネラ!くらいのものかも知れません。

もう少し深く掘りましょう(温泉だけに)。何故レジオネラがレジオネラと名付けられたのか。

以下
レジオネラ症とは
国立感染研究所のホームページより

レジオネラ症(legionellosis)は、レジオネラ・ニューモフィラ(Legionella pneumophila)を代表とするレジオネラ属菌による細菌感染症で、その病型は劇症型の肺炎と一過性のポンティアック熱がある。レジオネラ肺炎は1976年、米国フィラデルフィアにおける在郷軍人集会(Legion)で集団肺炎として発見されたところから、legionnaires' diseaseと命名された。ポンティアック熱は、1968年に起こった米国ミシガン州Pontiacにおける集団感染事例にちなんで命名された。レジオネラ属菌は、もともと土壌や水環境に普通に存在する菌である。しかしながら、快適な生活や水資源の節約のため、エアロゾルを発生させる人工環境(噴水等の水景施設、ビル屋上に立つ冷却塔、ジャグジー、加湿器等)や循環水を利用した風呂が屋内外に多くなっていることなどが感染する機会を増やしているものと考えられる。感染症法の施行以後、検査技術の進歩とあいまって、2013年には1,111例(暫定値)が報告された。病原体に曝露された誰しもが発症するわけではなく、細胞内寄生細菌であるため、細胞性免疫能の低下した場合に肺炎を発症しやすい。

つまり、そのまんまレギオンがレジオネラの語源な訳です。ローマの軍隊のことをレギオンと呼んでいたことが転じてこのような英語になったのでしょう(多分)。

まとめると

ギオン(怪獣)
土の中の怪獣。群れで行動する。それぞれは人間大の大きさだが、放っておくとコロニーを形成し土の中からインフラを破壊し短期間で街1つ壊滅させるヤバイやつ。

ギオン(軍団)
中年の群れ。

レジオネラ

本来土中の菌であるが、人工的な水循環系(温泉や空調管理システム)の中で増殖し、中高年で好発し集団感染を引き起こすこともある。
また、重症化しやすく放って置けないので原則入院とし、抗菌薬の投与を開始する。
比較的徐脈であることや低Na高CKも特徴的。

こんな感じで若干のリンク付けができたのではないでしょうか。

ローマ帝国ガメラが好きな僕はできました(迫真)。

こんな感じです。


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国試への進捗 消化器編 おまけの内視鏡クイズもあるよ

前回までのあらすじ

大学の最果てに設けられた留年生部屋!
そこに閉じ込められた漢3人!
漢3人密室で何も起きないはずはなく…

前回 循環器編
https://structural-alien.hatenablog.com/entry/2019/04/16/223252

内視鏡クイズ大会

循環器に続いて消化器の勉強会を行いました。
結果的にお互いで内視鏡クイズ作ってきて出し合う感じになりました。(最後に僕が作成したものを載せておくので暇な人はやってみてください)

有意義でした
多分、画像は「数こなす」ことと考えて「見る」ということをしなきゃなので、自分でやるのも限界がありますね。
クイズ形式でやると楽しいですし。

勉強の進め方

さて、QB中心の国試対策勉強も慣れてきたところで、改めて勉強の進め方を見直すことになりました。

僕たちは留年生であり、「国試対策の王道とも言えるビデオ講座を観ない」という選択をした人間たちであり、常に「このままやっていって大丈夫か?」と言うことを問い続けねばなりません

残された時間は9ヶ月、290日とちょっと。
無駄にはできません。「やったからには身につかなければいけない」のです

そこで今回問題になったのは復習についてでした

人は忘れる生き物だし俺たちはそれ以上に忘れる

人は忘れる生き物です。そして僕たち留年生は人並み以上に物覚えが悪く忘れやすい人間です。

そう考えると「復習」することは、それまでの頑張りを無駄にしないためにも絶対に必要です。

そうして一応決まったスケジュールがこんな感じです


自習としては
1週間かけて新しい分野を進めるのは今まで通りです。
そして月曜火曜で先々週の復習。
水曜木曜で先週の復習。

勉強会としては
月曜から水曜で一人ずつ該当分野の「講義」を行います。
木曜金曜で該当分野の113回の問題を解きます。

…正直無茶でハードでなんならこれ決まった時点で予定はすでに押していました。

ですが、留年生仲間のRは言いました。

やるしかねぇ、やらなきゃ俺たちは全て忘れる

そう言うことです。


おまけコーナー

内視鏡クイズ 胃編

引用元 消化器基本画像集より



解答というかメモ(内容は留年生の書いたものなのでその正しさは保証しません)(間違いなどあれば教えてください)
A
Ⅱc@中部後壁

B
GIST

C
2型@前庭小湾分

D
鳥肌胃粘膜
ピロリ初感染のリンパ濾胞過形成か?

E
NSAIDs潰瘍
周縁に再生性の発赤あるが再生上皮はなく、難治性の潰瘍
*エヌセイズで潰瘍になるのはそれらがPGの生成を阻害し、粘膜防御因子を抑制するからと考えられている

F
0-Ⅱc
周囲と異なる顆粒性変化

G
過形成ポリープ
発赤強調 浅いびらん
10数mm以上のものはポリペクトミーする



H
3型

I
4型@胃角から噴門

J
0-Ⅰ
表面均一で整

K
1型

L
胃静脈瘤
RCサイン(+)
RC(発赤)

*胃静脈瘤はGISTとの鑑別が大事(胃静脈瘤を生検したりするとヤバすぎる)(中心部に深い潰瘍を持つことがGISTと非GISTの鑑別ポイントらしい EUSや内視鏡で確認する)

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国試への進捗 ドキッ!留年生だらけの勉強会 単位ポロリもあるよ の巻

前回までのあらすじ

卒業を目前に留年してしまった3人組!

あと1年間で卒試をパスして国家試験に合格できないと、医学に妙に詳しいだけのニートが出来上がっちゃう!
ここが踏ん張り所よ!頑張って木曜!

次回 木曜日死す テコムスタンバイ!

前回
国試勉強始めます - 木曜の医師国家詩篇

目次

勉強会始めました

と言うわけで、留年仲間で勉強することにしました。
前回集まった時に、循環器の勉強を一通りして、国試の問題出し合ったりしようか、と言う話になりました。

そして…1週間後

今回一応勉強した上で問題を出し合ったりしたのですが、どうにも留年生だけでは知識が増える感じがせず、手応えがなかった。

「この問題解けるか?」「うーん、これ?」「正解…」みたいなやりとり…

Rくん
「これは、ヤバくないか?」

もく
「うん、やばい」

Rくん
「こんな勉強会一年しても意味ないぞ」

そこで急遽予定を変更して勉強会(笑)を切り上げ、今後のことをじっくり考えることにしたのです。

ビデオ講座

そもそもビデオ講座をどうするか、ですが僕たちは留年生であり、もう親に金を払わせられないと言うこともあり、ビデオ講座には消極的でした。そしてその上

もく
「…ぶっちゃけさ、ビデオ講座去年見た?」

R
「見たところもあるけど、まぁあんまり、かな」

もく
「それにさ、本当にぶっちゃけると、ビデオ講座落ち着いて聞いてられないし、向いてない気がする」

R
「それな」

ビデオ講座、今となっては国試対策の王道。むしろこれなしに国試は語れぬほどの存在になりました。しかし、それがどうやら僕たちには合ってないらしい。もしかしたら、ビデオ講座を、無意識にやらない言い訳にしてるのかもしれませんが、実際聞いても何も残らないんですもん。中途半端に受動的なのが本当に向いてない。そして、「今」からビデオ講座をもう一回見直す時間的な余裕もありません。

僕たちはビデオ講座を切り捨てることにしました。

おそらくあまり賢い判断ではないのだと思います。人になんか勧めません。
しかし現状僕たちに取れる選択肢はこれしかありませんでした。

QB

恐らく動画講座に並んで国試対策に使われるであろうQB。これをどう使っていくか。

R
「これさ、多分ダラダラ解いてても意味ないよな、絶対抜け出てくるし、同じ問題だけが出るわけでもないし」

もく
「うん、ある程度頭に入ってる人がやる分にはともかく、そもそも入ってないもくたちがただ単にやるには穴が多すぎる」

R
「かと言って病見えを通読するのもな…」

さて、困りました。どうしたらいいのでしょうか。

勉強会をしよう

もく
「こうなったらしょうがない、諦めて『勉強会』しよう」

R
「というと?」

もく
「お互いに分担して循環器の特定の分野勉強してきて教え合おう。内容としてはQBの一周目問題を網羅的に研究してくる感じで。それとは別に循環器全域を個々で復習しておこう」

R
「死ぬほどめんどいが仕方ないか」

と言うわけで、留年生が留年生を教えると言う老老介護ならぬ留留講義が行われることとなったのです。

…何もかもが不安ですが、取り敢えずやることになりました。

俺たちに明日はない

R
「死ぬほどめんどいし、1週間でやれる分量じゃないけど、俺たちは『やれるかやれないか』じゃなくて、もうやるしかねぇんだよな」

そうです、僕たちはやるしかないのです。

後がないのです。気づけば残すところあと9ヶ月くらい。
きっと一瞬です。
その一瞬くらい全力で無茶して頑張ってもいいんじゃないか、とそう思いました。


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新歓予定運命論

四月にもなり、大学生は新歓の時期です。

僕自身とある部活に在籍し、新歓されたり新歓したりもしました。

そんな人なら一度は「ノルマ」と言うことを意識したのではないでしょうか。

 

最低でも5人、1年生を入れよう

 

みたいな

実際僕も二年生の時、先輩から言われたりしました。でもこれっておかしくないですか?1年生はもう大学生で自我を持った人間です。(自我とは、みたいな話は一旦置いておきます)

そんな彼らが自分たちの部活に入るかどうかなんて、僕たちの努力の範囲外の出来事じゃないですか?

 

だったら新歓を頑張る意味なんてないのでは?

とはいえ頑張らないわけにもいかないし

 

そんなことを思った僕がたどり着いたのが

 

新歓予定運命説

 

です

 

目次

 

そもそも部活とは

部活とは組織です。それも場合によってはかなりの人間が関わってくるような。

 

そこに生じるタスクは複雑で多岐に渡ります。僕自身はあまり仕事をせず迷惑かけまくってた人間であまり偉そうなことは言えませんし、そもそもこんな文章を書く資格もない人間かもしれません。しかしまぁ、続けます。閑話休題

 

そのタスクに伴う労働に対して、基本的に対価は支払われません。後輩や先輩からの尊敬や高感度は得られるかもしれませんが、お金をもらう事はほぼ間違いなくないでしょう。

 

では何故、皆働くのか。部活に献身するのか。

 

誤解を恐れず雑に一言で言うなら宗教です。

 

宗教的情熱の献身で持ってしてそれはなされるのです。

 

見返りを求めぬ献身のみが部活を成り立たせます。

 

それ故に、部活には宗教的な雰囲気や狂気が必然的に伴うのだと僕は考えます。

 

こんな言い方をすると僕は部活大嫌い人間なのかと思われる方もいるかもしれませんが、バカにする意図はありません。僕は僕の属する部活は大好きですし、同じように宗教も尊いものだと思います。

 

新歓

新歓は部活による新入生の取り合いです。とは言え新入生はバーゲンセールのモノではありません。生きて自分の意思を持った人間です。

 

そんな彼らをコントロールしようとするのが新歓です。

それが善意にもとづこうが否が。

 

中には詐欺のように伝えるべき情報を伝えず、聴き心地良い言葉だけ並べて入部させるようなこともあるんでしょう。

 

でもそれって言ってしまえば詐欺ですよね?

 

ある程度は仕方ないことなのかもしれませんが。

 

僕は医学部の部活しか知らないので、他の大学や学部のことを知りませんが、医学部に限れば、総合大学でもキャンパスや部活が別だったり、ましてや単科系の大学ならなおさら新入生の数は限られてしまい、その争奪戦は苛烈なものとなる傾向はもしかしたらあるのかもしれません。

 

そんな中で上回生の必死さとは裏腹に、母数の少なさからその獲得の困難さは必然的に高くなります。

 

運命論

新入生は自由意志の持ち主です。それも成人している。ですから、上回生によるコントロール下における、なんてのは傲慢な考えだと僕は思います。もしも彼らにとって本意でない決定をさせるとしたらそれは、詐欺です。

 

僕たちにできるのは、自分たちのあり方や姿を見せて伝えて、入部してほしいという気持ちを伝え、彼らの選択肢の1つとして提示することだけです。逆に言えば認知させることだけは絶対にしないといけません。知らなければ選びようもないのですから。

 

新入生は「運命」そのものです。僕たちにはどうしようもなく、勝手に回り出す歯車です。

それに対する僕たちは「その歯車がいつか走るかもしれない道」の1つであるだけです。

 

となると、もはや新歓って頑張らなくてもいいのでは?となりそうですが、そうではない、と僕は考えます。

 

カルヴァンの予定説

カルヴァンという人物をご存知ですか?

世界史選択者の方なら名前は聞いたことがあるかもしれません。もしくは宗教に興味のある方は。たった1人の男が宗教的情熱によって1つの街を支配したことがかつてありました。

そのカルヴァンが語ったのが予定説という思想でした。

カルヴィニズム Calvinism・二重予定説 Double predestination

ここから語る「予定説」の話は僕の曖昧な知識と認識に基づくので話半分に聞いてください。

 

カルヴァンの予定説を要約するとこうです

 

全知全能である神はあらかじめ、誰を救うかは決めている。

だから、人間ごときが神様のご機嫌とりに献身をしたとしても全く意味がない

ただし、神に救われることが決められた人間ならば当然「神への献身を行う」はずである

 

 

現代を生きる僕たちからすれば何を言ってるんだという話ですが、このロジックの恐ろしいところは、カルヴァンの言葉を信じた人たちは「自らが救われる側の人間であることを証明するために、より一層神への献身を行うようになった」というところにあります。

 

何か行動をするときに彼らは常にこう考えます。

 

私は神に救われる人間だ。であるならばどう行動するか?

 

信じるものは救われる、ではありません

救われるから信じるのです。

 

最初に僕は部活とはその献身という性質で持って「宗教」だ、と言いました。

であるならば、そこで行われる行動の動機もある種の合理を超えて宗教的であっても良いのではないでしょうか。

 

そう考えた僕は、新歓における努力にカルヴァンの予定説における献身を見出しました。

 

新歓予定運命説

ここまでのことをまとめると

 

新入生とは運命である

 

運命であるが故に我々の手に届かない

 

手が届かないが故に手を伸ばさねばならない

 

ということになります。

 

つまり、新入生である彼らをコントロールしようとするのは傲慢で間違っているが、何もしなくて良いわけではなくて、あらかじめ定められた、入部という運命の道筋に沿うように新歓はしなければならない。という感じになります。

 

何言ってんだこいつって感じですよね。

 

僕もそう思います。

以上僕の個人的な信仰のお話でした。

 

新歓時期、新歓する方もされる方も、色々悩んだり苦しんだりすることと思います。

ですが一度、自分の人生のかなりの部分は自分の思い通りにならないということを素直に受け止めて、その上で自分自身の選択に少し無責任になってみてもいいのではないでしょうか。

 

良いも悪いも運命です

国試勉強始めます

昨日は改元で大盛り上がりでしたね。

個人的には令和という字面も響きもかっこ良くて好きな元号になりそうです。

 

さて、ついに始まりましたるは新学期。僕にとって2回目の第6学年です。

 

ついに本格的に勉強を始めていきたいと思います。本当は昨日からのつもりだったんですが、病院に行ったりなんたりでほとんど出来ず、今日からと相成りました。

仕方ないです。そういったままならなさの中でどうやって頑張るか、が今年のテーマにもなるのでしょう。

 

そこで、僕の勉強の進み具合など誰も興味はないのでしょうが、一応ここに書くことでモチベーションアップの一助にしたいと思います。いつまで続くのかは分かりませんが、ブログの更新頻度を上げることにもなるのでしょう。

まぁクソ記事が増えるだけな気もしますが。

 

取り敢えず今後の大目標

 

8月くらいまでには、マッチングの前に国試範囲の総ざらいを行う。

 

ペースメーカーとしての教材はクエスチョンバンク(QB)にて行います。

 

これをA-Zの20冊あまりを1週間で1冊進めていきます。

 

そして2週間に一度、留年生仲間で集まり進捗の確認とその分野に関してのアウトプットを行う、と言った進め方をしたいと思います。

 

動画講座は、おそらく見ません。

 

理由としては

 

1.お金がないので新たには買えない

 

2.そもそも、動画講座が向かない。聴いてても集中できず聞き流してしまう

 

があります。1の理由はともかくとして、2の理由は僕自身の特性にも基づくもので割と深刻です。画面の前でおとなしく座ってちゃんと聞く、ということが非常に苦手です。アニメなど見てても割と疲れてしまいます。好きなんですけども。昨年、一応MECの動画講座取ってたんですが、結局あんまり見なかった上にまた内容もほとんど頭に残ってないんですよね。多分こういう人、一定数いると思うんですよね。動画講座が国試対策の基本となる傾向がますます強まる今日この頃、この「動画不耐症」の人たちにとっては困難な状況になるので、そう言った人たちに向けてなんらかの可能性の1つを示せたらな、とも思います。

(国試に動画講座が必要か否かに関してこんなブログを見つけました参考までに)

医学部ビデオ講座不要論(Q. 医師国試対策に映像授業は必要ですか?) – QQ医学生のブログ

 

まぁ誰かの役に立とうなんて傲慢で自己満足のブログでいいんですけど。

 

では、新年度よろしくお願いします。

エセ医学への医療者の対応のカテゴライズ

相変わらずツイッターでは反ワクチン派の人たちと医療関係者の間で鍔迫り合いが行われる今日この頃。

僕自身医療者になる予定の落ちこぼれ医学生であるので、自分なりに反ワクチン含むエセ医学への立ち位置を考えようと思いました。

そこで、僕がツイッターで見た限りのエセ医学に対する医療者のスタンスを4パターンに分けてみました。

ここで考えるのはあくまでエセ医学に対するスタンスの話であって、エセ医学そのものをどうするか、エセ医学とは何か、という議論は置いておきます。

エセ医学に対する医療者のスタンス

目次

そもそもエセ医学側である

エセ医学の発信者としての医療者ですね。彼らが何を考えそうなるに至ったのか、そして彼らはそれを信じているのか?疑問は尽きませんが、決して彼らが特に目立って異常な存在だとは僕は思いません。不勉強故にエセ医学へ加担する可能性は誰しもありますし、なんなら大学単位でどこかの保健学科ではホメオパシーというある種のエセ医学を教えていたという話も聞きます。 (以下の記事が参考になるかもしれません) 日本看護協会に学術会議会長談話やホメオパシーについて聞いてみた - 保健師のまとめブログ 琉球大医学部のホメオパシーの講義に使われた(と思われる)教科書を読む - Not so open-minded that our brains drop out. 実際医療職への侵入を果たしたエセ医学は存在し、これは決してエセ医学は患者側、非医療者側だけの問題ではないことを示しています。

棍棒でぶん殴る

ツイッターでよく見る風景ですね。反ワクチンのアカウントなどに対し、初めから敵意満タンで攻撃して論文で殴るスタンス。 一見スカッとしますし、効果があるようですが、実際のところそれでエセ医学側が納得した事例を僕は見た覚えが殆どありません。もしかしたらあるかもしれませんが、あまり聞きません。 エセ医学を信じるなんて馬鹿だ、と切り捨てるのもこのカテゴリに入るでしょう。

外堀を埋める

最近とある先生が、ツイッター社へエセ医学などの悪質なデマをそもそシステムとして規制するように要望することを行なっていました。つまり、発信者の改心ではなく、その拡散を止めるスタイルです。これは効果がある程度期待できそうな気がします。あくまで私見ですが。 とは言えタイムラインで見た、元反ワクチンの方はインスタグラムで反ワクチン思想と出会った、と言え話もしており、ツイッターでの規制だけではあまりに抜け道が多いかもしれません。また、規制の妥当性の判断を誰が行うのか、などの問題もありそうです。

コミュニケーション

これは先ほどよりもさらに穏健派で、もっとじっくりと時間をかけて、本当の情報をいかにして手に入れるか、ということに対する社会的な認知度を上げていく、というスタンスですね。 おそらく実現すれば一番確実でしょうが、今そこにある問題を解決することはできず、これだけでの事態の収拾は難しいように思います。 そしてこれは僕の持論ですが、非科学的な思考になるのはよく言われる「教育の敗北」などではなくて、一定数の人間はそうなるようになっているのだと思います。逆に今現在科学サイドにいるような顔をしている人間の中にも本当に「科学的な思考」ができている人間はそこまで多くないのだと思います。僕もおそらくは。どの情報に先に触れたから、多く触れたかの違いも大きいのだと思います。

まとめ

ざっくりと4パターンに分けてみました。

まぁ混合型だったり、もっと違うカテゴリの人もいるかもしれませんが、そこそこ網羅するのではないでしょうか。

その上で僕が取ろうと思うスタンスは、コミュニケーションです。

上で述べたように、コミュニケーションでは今目の前にある問題は解決しません。もしかしたら棍棒で殴ったり、外堀を埋める必要があるのかもしれません。 ですが、それは僕には向かないです。必要であるならば、誰か他の方にお願いします。

僕はじっくりと対話し伝えていく、と言う役割ができる医療者になれたら良い、そんなふうに思います。

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アホの為のアフォリズム講座 その5.5 ITPとTTP名前似すぎ問題

はい。前回の補足記事です。

アホの為のアフォリズム講座 その5 ITPとTTP - 木曜の医師国家詩篇

しょうもない話なんですけどね。 では、それぞれの略語になる前のフルネームから確認しましょう

ITP
Idiopathic thronbocytopenic purpura

特発性血小板減少性紫斑病 実はコレ、欧米の方では最近は

primary immune thronbocytopenia

と呼ぶらしいです

TTP Thronbotic thronbocytopenic purpura

血栓性血小板減少性紫斑病

上の二つを見比べると何回も出てくる言葉がありますよね (以下語源的な話に言及しますが、あくまで覚える為のニュアンス的な話であって、正確な言語的な話ではないと了承してください) thronbo-という接頭語、これがなにを意味してるのかと言うと「血栓の」と言うニュアンスみたいです。 そして-cyto これは「細胞」です。 つまり血小板を意味するthronbocytoは直訳すると「血栓細胞」とでも呼べるわけです。 -peniaは「減少」の意味です。

となるとTTPは「血栓性の血栓細胞が減少する紫斑病」となります。取り敢えず血栓。二回もいうので大事なことなんです。

ITPは新名称の方にもimmune「免疫性」が入っているのでわかりやすいです。元々のITPのIはIdiopathic「特発性」から来てますが、もうこの際immuneのIとして覚えちゃっても良いんじゃないですかね。

こんな感じ。 ここまで書くと流石の僕も覚えました

多分。