木曜レジオ

恥の多い人生ですね(達観)

架地① 架地より参る

か‐ち【架地】 〘名〙 ① 不安定な土地のこと。〔唐太宗‐置酒坐飛閣詩〕

② 存在しない土地のこと。 ※西洋道中膝栗毛(1870‐76)〈仮名垣魯文〉一一「抑、伝説にあるアトランテイウス大陸なる架地では」

③存在しない番地。①から転じて

④(形動)不確かな前提に基づくさま。 ※浮雲(1887‐89)〈二葉亭四迷〉一「そんな架地な事を宛にして心配するとは」 〔福恵全書‐蒞任部・攷代書〕

⑤災害が繰り返し起こる土地のこと

⑥何かを吊り下げるための土地のこと。崖と崖を繋ぐ橋の土台部分のある土地のことなどを言う。

⑦交通の要所のこと。土地と土地をつなぐ土地のこと。⑥の意義から橋のイメージからか。

語誌]漢籍に典拠を持つが、近畿地方でかつて使われた「禍地(カチ)」が①の意義と混同される過程で集合し、⑤の意義が生じたものと思われる。

その年賀状が初めて来たのは5年も前のことになる。 その年の冬は雪は降るものの朝まで残ることはなく、地面がぐずぐずとしていたことを思い出す。 元旦の朝、郵便受けを覗いて年賀状の束を取り出して炬燵で仕分けをしていると見知らぬ人物から年賀状が届いているのに気づいた。誤配送かと思ったが確かに私宛になっていた。真っ白いハガキの中央に暗い丸がベッタリと油性ペンで書いてあり、その下に筆ペンで書いたような細い文字で文章が書いてあった。

昨年はお世話になりました。〇〇さんが気にかけてくださったおかげでなんとかやっていくことができました。来年も宜しくお願い致します。またご飯でも食べに来てください。

そんなことが私を名指しで書いてあった。 タチの悪い友人が余った年賀状で悪戯でもしてきたのかと思って新年早々なんとも言えない気分になったのを覚えている。年明け、送ってきそうな友人に声をかけたが誰もそんなものは送っていないと言っていた。悪戯をしたものの、後から面白くないことをしたと思って言い出せなくなったのだろうと思いすぐに忘れてしまった。 その翌年も同じ人物から年賀状が届いた。同じように黒々とした丸の下に文章が書いてあった。

昨年もお世話になりました。〇〇さんのお話はとても面白く時々思い出しては吹き出しています。中々2人きりで会う機会はありませんが、いつか2人で飲みに行きましょう。

そう書いてあった。すぐに去年来た妙な年賀状のことを思い出した。懲りないやつだなと思いながら年賀状の束の中に戻した。その翌年、私は地元から出ることとなり友人たちとは疎遠になった。元々性格がまめではなく、面倒くさがりの私は自分から年賀状を送らず来たものには返すという形にした。元旦に届いた年賀状は親類からのものを除けば例の人物からのものだけであった。

昨年もお世話になりました。〇〇さんは新しい土地でも元気にやっているようで安心しました。以前よりも会いやすくなりましたし、ウチにも顔を見せてください。

この時点で薄気味悪さを感じていたが、このとき初めて私は、年賀状の送り主の住所を確認した。隣県の住所だった。一度も行ったことのない県だった。 その翌年には遂には親類以外に私に届く年賀状は例の年賀状だけとなってしまった。

昨年はお世話になりました。うちも随分と賑やかになってきました。ウチの奴らも〇〇さんに会いたいと常々言っております。私だけ会っていてズルいなんて言うのです。紹介したいのでまた機会があれば宜しくお願い致します。

目を背けていた異常性を漸く認めた私は、遂にその送り主の住所を調べることにした。そんな住所は存在しなかった。いや、県も市も存在はするし近しい番地の土地は存在するのだが、明確に同じ番地の土地は存在しなかった。数字が一つ違いの土地は山奥の人里ひとつない山であった。 気持ち悪さを誤魔化すように、転勤を理由に私は今まで送ったことのある人間に手当たり次第に年賀状を送ることにした。元旦の朝に一枚だけ届くあの年賀状を見たくなかったのだ。

そうして迎えた元旦、私は若干の恐怖を抑えながら郵便受けを除くと、やはり、その年賀状は届いていた。真っ白な葉書に黒い丸が今年はふたつ。

昨年もお世話になりました。思えば〇〇さんとのご縁も長いものとなりました。うちのものたちも、お会いしたいと話しておりまして、ご迷惑かもしれませんが、お会いしていただきたく思います。近々そちらに伺いますので、その時は何卒宜しくお願い致します。

まるで塗り立てかのような油性インキのむせかえる匂いが葉書から漂ってきた。