木曜レジオ

恥の多い人生ですね(達観)

患者かもしれない第7心 読書記録5冊目「実践高次脳機能障害のみかた」

あの日夢を乗せて打ち上げた

ロケットの軌道を今日も把握してるか

離陸に歓喜の声を上げて

それっきり終わってはいないかな

          日食なつこ「エピゴウネ」より

夏バテで夜はいつもぶっ倒れています。早く秋が来ないかな。木曜丸九です。 精神科関連のことを文脈もなく記録していくこのシリーズ、前回はこちら

structural-alien.hatenablog.com

さて今回は前回に引き続き書籍の紹介。紹介するのはこちら。

タイトルがもう完全に「それちょうど欲しかったやつ」である。 失語だとか失行だとか。医学生の頃からいつもこんがらがっていて、そろそろそんなことも言ってられないし、実際頭の中を整理したくなってきたので今回購入に至ったわけである。

目次

概略

中外医学社ホームページから引用

高次脳機能障害に出会ったら,どう評価し対応したらいいのか.難解と思われがちな領域を,その本質から理解できるよう,各エキスパートがやさしく丁寧に解説した.特殊なトレーニングや検査キッドがなくても評価ができるように,各章の冒頭にベッドサイドで把握できる評価法を紹介し,その一部は付録のonline materialとして収載.必要以上にかまえることなく,気軽に実践的な知識と技術を学べる新しいテキストである.

目次

Chapter 1 認知機能の診察と所見の解釈 〈西尾慶之〉  1.はじめに:認知機能の評価を日常診療のルーチンに加える  2.認知ドメイン(cognitive domains)  3.認知ドメイン間の依存関係と症状―病巣対応   A.言語と視覚認知の関係   B.記憶と他の認知ドメインの関係   C.遂行機能   D.病変−脳部位対応のよい言語症状と悪い言語症状   E.視覚認知の障害:whatの障害とwhereの障害   F.注意  4.認知機能評価の実際:救急室における評価と一般外来/病棟における評価

Chapter 2 失語症 〈丹治和世〉  1.はじめに  2.言語の成り立ちについて  3.失語症とは何か  4.現在のBroca失語,Wernicke失語,伝導失語  5.概念にまつわる障害  6.症候の実際  7.診察の仕方  8.病巣の記述

Chapter 3 失読・失書 〈浜田智哉,東山雄一,田中章景〉  1.はじめに  2.読み書き障害の神経学的分類   A.非失語性・孤発性の失読/失書   B.失語性失読/失書   C.その他の高次脳機能障害による二次的な読み書き障害  3.読み書きの認知神経心理学的分類   A.表層失読/失書   B.音韻失読/失書   C.深層失読/失書  4.日本語の読み書きモデル  5.検査方法  6.最近の研究

Chapter 4 発語失行 〈飯塚 統〉  1.はじめに  2.AOSの概念,症候学の特徴  3.AOSを起こす疾患,病巣対応  4.症候の実際  5.検査方法  6.最近の研究

Chapter 5 失行とその周辺症候 〈早川裕子,小林俊輔〉  1.はじめに  2.症候の概念,分類,症候を起こす疾患,病巣対応   A.症候の概念   B.症候の分類   C.症候を起こす疾患   D.症候の病巣対応  3.症候の実際  4.検査方法  5.最近の研究

Chapter 6 聴覚性失認 〈二村明徳,小野賢二郎〉  1.はじめに  2.どのようなときに疑うか  3.両側の側頭葉に脳梗塞を発症し純粋語聾となった症例  4.聴覚性失認の検査の進め方   A.純音聴力検査と語音聴力検査   B.失語症検査   C.環境音認知検査   D.失音楽症の検査  5.聴覚性失認の分類  6.聴覚性失認の特徴   A.皮質聾   B.純粋語聾・言語性聴覚性失認   C.環境音失認・環境音認知障害   D.感覚性失音楽症  7.電気生理学・画像的検査

Chapter 7 構成障害 〈鐘本英輝,數井裕光〉  1.はじめに  2.症候の概念,分類,症候を起こす疾患,病巣対応   A.構成障害の概念   B.構成障害の病巣と疾患  3.検査方法   A.手指行為の模倣   B.単純な図形模写   C.複雑な図形模写   D.視覚認知の全般的な評価   E.組み立て課題  4.症候の実際  5.最近の研究  6.おわりに

Chapter 8 視覚性失認,カテゴリー特異的失認 〈成田 渉,西尾慶之〉  1.はじめに  2.視覚情報処理の神経生理学  3.視覚性失認   A.統覚型(知覚型)視覚性失認   B.連合型視覚性失認   C.統合型視覚失認   D.カテゴリー特異的視覚性失認  4.視覚対象認知の評価   A.主訴,病歴の聴取   B.診察   C.検査  5.症候の実際

Chapter 9 半側空間無視 〈太田久晶〉  1.はじめに  2.症状の概念,分類,症状を起こす疾患,病巣対応   A.症状の概念   B.症状の分類   C.症状を起こす疾患   D.病巣対応   E.鑑別症状  3.症候の実際  4.検査方法   A.ベッドサイドでの評価   B.机上検査   C.ADL評価  5.最近の研究   A.パソコンを用いた検査方法   B.線維連絡に基づいた病巣分析

Chapter 10 地誌的失見当 〈菊池雷太,赤池 瞬〉  1.江戸一目図  2.地誌的失見当  3.地誌的失見当にかかわる脳部位  4.楔前部と後部帯状回  5.評価方法  6.症候の実際  7.まとめと今後の展望

Chapter 11 病態失認 〈小林俊輔〉  1.はじめに  2.症候の概念  3.片麻痺に対する病態失認  4.盲・聾に対する病態失認(Anton症候群)  5.失語に対する病態失認  6.認知症における病態失認  7.病態失認の病態   A.全般性認知機能障害説   B.感覚入力遮断説   C.注意障害説   D.運動企図仮説  8.検査方法  9.最近の研究

Chapter 12 記憶障害 〈渡部宏幸,西尾慶之〉  1.はじめに  2.記憶・記憶障害の分類   A.保持時間の長さによる記憶の分類:短期記憶と長期記憶   B.記憶の内容による長期記憶の下位分類   C.時期によるエピソード記憶障害の分類  3.エピソード記憶の検査方法   A.記憶を評価する際の注意点   B.簡易評価   C.精査用記憶バッテリー  4.エピソード記憶障害の神経基盤と関連病態   A.海馬およびその周囲の内側側頭葉構造   B.間脳   C.前脳基底部   D.脳梁膨大部後域  5.その他の記憶障害   A.Alzheimer病における記憶障害   B.側頭葉てんかんにおける記憶障害   C.解離性健忘   D.作話  6.症候の実際  7.最近の研究   A.エピソード記憶の情報処理における海馬内の機能的差異   B.場所細胞(place cells)と格子細胞(grid cells)

Chapter 13 認知症 〈津本 学,小林俊輔〉  1.はじめに  2.症候の概念,分類   A.症候の概念   B.認知症の分類  3.検査方法   A.問診   B.スクリーニング検査  4.症候の実際   A.記憶障害が目立つ認知症   B.注意・遂行機能の障害が目立つ認知症   C.幻視が目立つ認知症   D.言語の障害が目立つ認知症   E.行動障害が目立つ認知症  5.最近の研究

Chapter 14 脳梁離断症候群 〈東山雄一,田中章景〉  1.はじめに  2.症状の概念,分類,病巣対応,症状を起こす疾患   A.症状の概念   B.症状の分類と病巣対応   C.症状を起こす疾患  3.症候の実際  4.最近の研究  5.おわりに

Chapter 15 前頭葉症候群 〈船山道隆〉  1.両側前頭前野損傷例の特徴  2.症候の概念,病巣対応,症候を起こす疾患   A.前頭葉は行為・行動に関わる   B.背外側部,内側部,眼窩部にそれぞれの機能がある   C.症候を起こす疾患  3.症候の実際   A.背外側部損傷   B.内側部損傷   C.前頭葉眼窩部  4.検査   A.遂行機能障害症候群の行動評価(BADS)   B.ウィスコンシンカード分類検査   C.Frontal Assessment Battery(FAB)   D.Trail Making Test   E.Stroop Test   F.流暢性課題  5.最近の研究

Chapter 16 神経疾患に関連する情動障害および行動異常 〈馬場 徹,小林俊輔〉  1.はじめに  2.症候の概念と分類  3.症候を起こす疾患,病巣対応  4.症候の実際  5.情動障害・行動異常の検査法  6.最近の研究

対象読者

特に明記されているわけではないがおそらく対象にしているのは精神科医神経内科医のみならぬ更に広い範囲の医師、医療者を対象にしている。本文でも「おそらく多くの医療者にとって、日本語の不自由な外国人よりも失語を持つ方に接する機会のほうが多いはずである。外国人に対する医療対応を学ぶことと同様に、失語についての基本事項を理解しておくことが重要と言えるのではないだろうか」p16 と書かれている。京都人的な文脈で行くとかなりの皮肉交じりの言い方であることを邪推するが、それはまぁ考えすぎだろう。僕が京都の毒気に当てられているだけかもしれない。

骨太度

当然ながらそこそこ骨太。とはいえ臨床の場での実践を前提に書かれているので割愛するべき部分はそうと分かる形で割愛している。だから、実際の臨床には反映されない小難しい話の泥沼にはまることがないようにはなっている。

読んだ目的

冒頭で書いてしまった気がするが、そろそろ高次脳機能障害について整理したくなったからである。なんとなく神経内科の領域だと思っていたのだが、精神科の世界にもがっつり絡んでくるものであった。そのことに遅ればせながら気づき、改めて勉強しなおしているというわけである。高次脳機能障害はなんとなくの見よう見真似のふんわり評価は誰でもできるが、その奥にある障害のシステムを理解するには、その本質を汲み取れねばならないと言うことが本書でも書かれている。なんとなくに満足せず、治療的に意味のある評価ができるようになりたい。

感想

もちろん冒頭で述べたように必要に迫られて買った「実用書」であったのだが、読み物としても非常に面白かった。 第2章は失語症なのだが、その序盤で「言語の成り立ちについて」の説明があるのだ。これはおそらく内容的にソシュール言語学を下敷きにしたものであると思われる。最近僕は「ゆる言語学ラジオ」にはまっておりとてもタイムリーであった。こういった言語そのものへの洞察を踏まえた上で、失語症が語られるのは物語としてのダイナミズムがあるし、説明としてわかりやすい。 ある行為が出来なくなったとき、その内部で何が起こっているのか。それをベッドサイドレベルで評価し、一方で検査でも定量的に評価する。その橋渡しになる内容であった。ベッドサイドで生の患者がいる場でそこで何が起こり何が「起こせなかった」のか。それを解剖学的にも、歴史背景的にも多くの側面から解説しながらもくどくなく。可もなく不可もなく、手ごたえのある形で解説してくれている。 それまでなんとなく使っていた様々な用語に関して簡潔な解説がされており、それを拾い読みするだけでも十分価値がある。

フック

認知機能の評価についての解説と言えばそれぞれの項目についての無味乾燥な解説が羅列されるイメージがないだろうか。 本書では救急室や外来それぞれの場面に応じた認知機能評価について解説がある。p11- もうこの時点で本書がいかに実践の書であるかがわかるかと思う。  まず初めに認知機能のドメインを整理し、それぞれの影響関係を解説した後に、その関係性をもとに場面に応じた認知機能の評価項目が解説される。なぜそれらが優先されるのか、根拠を持った上で評価項目の取捨選択ができるのだ。NIHSSの検査項目ってそういう理由でああなってたのか!という発見がある。 ちなみに、救急で優先的に評価すべき認知機能のドメインは、汎性注意の障害/意識障害・言語・視覚認知 であるとされる。その根拠は是非本書を読んで確認してほしい。

僕にとって想定される本書の内容を使う場面

1度読み物として読んだ後、おそらく臨床の場で実際に項目ごとに参照してゆくことになると思われる。

エピゴウネ - song and lyrics by Natsuko Nisshoku | Spotify

好きこそモノの9品目 Samsonite RED バイアススタイル2 3ROOMパック ×  無印良品 ナイロンメッシュバックインバック

好きなものについて雑に語るこのシリーズ。9品目。

前回はこちら。

structural-alien.hatenablog.com

今回はリュック。実は以前もリュックの紹介はしていて、そいつはどうなったんだ、という話なんですが、まぁ聞いてください。

structural-alien.hatenablog.com

以前のリュックも気に入ってはいたんですが、この夏から自転車で通勤することが増えて一つ問題が発生したんですよ。それは防水性能です。

ある程度以上の大雨であればそもそも自転車に乗らないんですが、少しの小雨や通り雨であればそのまま自転車でツッっ切ってしまいたいわけです。でも普通の化繊の布でできたリュックではぐちょぐちょになる事は必至。

そこである程度の防水性のがあるリュックを探し始めたわけです。

しかも今回カバンに求めた要件は、1泊分の着替えセットが収まること。あと弁当箱を別の場所に収納して仕事着や本に匂い移りを防げること。

 

それら全ての願いを叶えたのがこちら。

 

もう一目惚れでした。バッテンが厨二心くすぐるし。黒一色でカッコいいし職場でも使えそうだし。

 

防水仕様の表面の感じが最高すぎでした。マットな質感で丈夫さを窺わせる。程よく硬く、物を詰め込んでも形が歪まない。

 

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ファスナーは全て止水ファスナーです。

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ただ、側面のクソデカREDが死ぬほどダサい。

 

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背面はメッシュで汗かきには嬉しい仕様。

サイドに薄い財布とか入れれる収納もあり。

 

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特徴的なバッテン部分はこんな感じで大きく開く。

 

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メッシュの大きなポケットが一つ配されている。

 

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メイン部分はこんな感じでガバリと開く。

 

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メインルームの背中側にはポケットが3つ。

長財布とシステム手帳と本を入れている。

 

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そこの部分がこんな感じで開いて別室になっている。僕はここにお弁当を入れるわけです。

そのほかにも財布を入れるためのサイドポケットと、クッションのあるパソコン収納部分がある。

 

最高すぎる。(側面のロゴ以外。)

 

 

ただ、ただ、(側面のロゴ以外で)ひとつだけ不満があって、バッテン部分の収納、メチャクチャ大きい割に上部分が完全に無駄空間になってしまっているのである。

そこで導入したのがこちら

www.muji.com

 

これがシンデレラフィット。

 

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すごない?

これで、このリュックの収納力は遥かなる高みへと到達したのだ。

完成したと言っても良い。

 

3万円弱したので、俺が購入したカバンとしては過去最高額のモノになるので大切にしていきたいと思う。少なくとも3年は使う。

 

あと、先代のリュックも買い出し用には使っていく所存である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

患者かもしれない第6心 読書記録4冊目「認知症高齢者とセクハラ」

3分の1はあなたのため  3分の1は誰かのため  残りは自分のため その半分は生きるため  青くしかし満ちた小数点以下 切り捨ての日々を綴れ

     G-FREAK FACTORY「ヴィンテージ」より

久しぶりに書くこのシリーズ。 前回はこちら。 structural-alien.hatenablog.com

今回は薄い本。と言っても同人誌ではないけれど。完全にタイトル買いしたこちら。 認知症高齢者とセクハラ (Nursing Todayブックレット)

概略

以下Amazonの説明文から引用

認知症を患うと、ケア提供者に卑猥なことを言ったり、体を触ったりといった性的逸脱行為がみられることがあります。 本人は本能に基づき行動しているため、セクハラをしているという意識・自覚はなく、注意されたり拒絶されても効果がないばかりか、ケアの拒否もみられます。 一方、そのような行為を受けた側は、病気が原因だとわかっていても、傷ついたり嫌な思いをすることは多いでしょう。 認知症高齢者の性とハラスメントに関する問題にどう対応すればよいのか──専門家と高齢者看護・介護の現場で働く専門職が自身の経験を踏まえ考察しました。

目次

認知症高齢者の性的行動──荒木乳根子 介護現場におけるハラスメントの実態と防止について──村上久美子 認知症高齢者の性的逸脱行為への対応──堀内園子 認知症高齢者のセクシュアリティに関する倫理的配慮──戸谷幸佳 事例から考える 認知症高齢者の性的逸脱行為への対応──岡田まり、横井真弓、塙真美子、田中聡子 (column)利用者からのセクハラに一人で悩まない──北條正崇

対象読者

高齢者医療に携わる全ての人間であろう。 基本的に内容は看護師さん、介護士さんなどの介助者目線で描かれることが多い。 ただ、チームリーダーとしての医師からの目線もあり、決して看護師だけを対象にしたものではない。

骨太度

骨太でありながら読みやすい。骨太というか、知的好奇心を満たすという目的よりはまさしく現場で起こっていることそのものが描かれているので、そういう意味で重たい内容だが、概念的に高度に複雑なものは出てこない。

読んだ目的

冒頭で書いた通り、タイトルに惹かれて読んだ。実際初期研修の時に少し関わりのあった患者によるセクハラが問題になった事例があった。あの時特に僕が何かをしなければいけない状況ではなかったが、今後、もしも自分の担当患者で同様の事例が起こった際にどうしたらいいのか。その参考になるかと思って読んだ。

感想

後半は特に生々しいレポートであった。うまくいった事例も、いかなかった事例もある。実際の現場で起こること、その時の医療者の胸中、彼ら彼女たちの手探りでの努力の様が描かれている。 本書に革命的にクリアカットな対処方法が描かれているわけではない。だが、読めば事前に知ることができるし、予想もできる。 医師は時として、チームの舵取りを行う立場になり、その時にチームメンバーである看護師をいかに守るかということが大事になるのだということをこの本を読んで学んだ。中々に教科書的には描けない部分だろうし、読めてよかったと本当に思う。

フック

今回から追加した項目だが、「読んでみたい」となるポイントをいくつか紹介しようと思う。 日本の60-70代の独身者で、「交際相手がいる」「交際相手が欲しい」と回答する割合はどれくらいあるだろうか。 男性で九割、女性で四割、との結果があるそうだ。我々が思う以上に高齢者の性への関心は高い、と言うことがまず本書では強調される。 本書の中で、「性的逸脱行為のある人にかかわる際の八つの原則」p20が提言される。その原則4が以下のものである。 自分の思いを言語化する力を蓄えておきましょう。 この項目自体はそれほど深掘りされないのだが、「認知症の高齢者と関わる上で重要なコミュニケーション技術」であると語られる。その場、その場で言うことが大切であり、そのためには日頃から自分の気持ちを表現する言葉を蓄積しておく必要がある。これは結局、日々何が起こっているか、今後起こっているかを整理しておかないとできないことでもあり、また、自分の中に起こってくるある種の陰性感情をコントロールすることへと繋がってゆくものだと感じた。 細かい詳細は語らないが、本書では以下の質問への回答が描かれておりとても参考になった。この質問への専門家の答えが知りたい、と言う方は是非読んでみては如何だろうか。 「ケア中に認知症高齢者が自慰行為を始めます。どうしたら良いでしょうか」 「認知症高齢者が、夫と毎晩やっているの?股間は使わないと腐るわよ、などと卑猥なことを言ってきます。どうしたら良いでしょうか」

僕にとって想定される本書の内容を使う場面

今後高齢者にある程度以上関わることはほぼ必定であるので、必ず役に立つ場面が来るだろうと思っている。 また、その時に医療者チームを守るために何ができるだろう、と考えるきっかけになった。

ヴィンテージ - song and lyrics by G-FREAK FACTORY | Spotify

満ち足りた家

「いつまでも嫌なことから目を背けていたらダメだよ」

 八瀬先輩はそう言った。

「いや、なんで肝試しの誘いを断っただけでそんなこと言われなきゃなんないんですか」

 僕たちは学食に居た。僕はオカルト研究会の幽霊部員だ。そもそも八瀬先輩に1年生の頃誘われたのがきっかけだった気がする。本来ビビりである僕はオカルトとなんの縁もなかったのだが、というか縁など作りたくない人間だったのだ。だがしかし、まだ大学に入りたての浮かれポンチだった僕はこの八瀬先輩の新歓営業スマイルにほだされて気づけばオカルト研究会に入っていたというわけである。意外としっかり活動している会だったようで、肝試しに始まりホラー小説を書いたり、遠野に行ってみたりといろんなイベントがそこそこの頻度で行われていた。部員たちの雰囲気も良くて、僕は意外にもオカ研に馴染んでいった。だがしかし、1年前から八瀬先輩が就職活動で顔を出さなくなって以来、なんとなく僕もオカ研への足が遠のいていった。別に八瀬先輩目当てで行っていたわけでもない、はずなんだけれど。

 八瀬先輩が来なくなって1年。そんなタイミングで僕は八瀬先輩に再会した。

「肝試しもそうだけど、就活もほとんどしてないって萩原ちゃんが言ってたよ。オカ研にも行ってないらしいし」

「・・・まだ、いいんですよ」

まっすぐ見てくる先輩の目線から目をそらしつつ僕は答える。

「ほら、また逃げてる」

「ぐぅ・・」

 ビビりだもんねぇ、と八瀬先輩は言った。そんなことは言われなくともわかっている。自分が姑息で卑怯なことくらい。逃げてもいつかは向き合わなきゃいけないことくらい。

「まぁそれは置いといて」

「置いとくんすか」

 さんざん人のデリケートな部分を踏み荒らしておいて、その上で、

「最後の思い出作りだと思ってさ、頼むよ」

 笑顔で頼まれると僕が断れないことをわかってこの人は言っているのだ。

 

当日、オカルト研究会メンバーは6人招集されていた。

「こんなとこ良く見つけましたね」

 集合場所は住宅街の外れにある一軒家だった。二階建てで少し古ぼけている。庭の草は伸び放題でどの部屋の窓もカーテン中がうかがえない。

 まぁ、空き家なのだ。

「そこそこ有名な家らしいよ」

 八瀬先輩が屈伸をしながら言った。

「元々は4人家族が住んでたらしいけど、全員この家で死んだんだってさ」

「確か、餓死でしたっけ?」

同期の田崎が言った。餓死?現代日本では珍しい死因かもしれないがないわけではない。とはいえ、こういった家にまつわる話ではいささか珍しく違和感がある。

「えー?血の海だったって聞いたけど」

 懐中電灯の動作確認をしながら荻原が言った。

「一家惨殺的な?」

それならよくある話だ。怪談としては。

「さぁ詳しくは知らないけど。そういう幻を見るとかなんとか?」

「あれー?俺は溺死って聞いたけどな」

林田さんが首をかしげる

「えー?井戸か何かあるの?」

「さぁ、知らねぇけど」

「バラバラ過ぎないですか?」

こういった怪談で尾ひれがつくことはよくあるがいくら何でも滅裂すぎる。気味が悪い。得体が知れなさすぎる。

俺たちがなんとなく黙り込んでいると八瀬先輩が言った。

「いいじゃんいいじゃん、意味わかんない感じで」

 八瀬先輩はいつもの笑顔で行ってみよー、と手を振り上げた。

 

 中に入ってみると、なんてことはない一軒家だった。ただ、物が異様に散乱している。それに壁に異様にシミが多い気がした。廃屋に入るのはこれが初めてではないが、それでも何か違う感覚はした。

「雰囲気あるなー」

 林田さんがのんきな声を上げる。それぞれの懐中電灯で思い思いの場所を照らす。

リビング、キッチン、風呂、客間、トイレと順に見て回る。

「なんもねぇなぁ」

「そう、ですね」

僕はそう答えつつ、異様なものを確実に感じていた。それはほかのメンバーも同様だったみたいだ。

 段々足取りが重くなってきているのを感じる。昔、田植え体験をしたときに似たものを感じたのを思い出した。

「あれ、どうかしたか?」

 林田さんの問いかけは八瀬先輩たちに向けて発せられたものだった。見てみると三人とも、天井を照らしている。

「何か上から聞こえました?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど、なんか上が気になって」

八瀬先輩も妙に焦ったような不安なような不思議な表情をしていた。

トタタタ

その時二階から何かの足音が聞こえた。

全員が2階を凝視する。

「え」

だれかの声が漏れる。

きっとネズミのはずだ。だが、しかし。

「2階に行ってみよう」

 八瀬先輩が僕に言った。この状況、普段であれば確実に拒絶していたはずなのに、なぜか僕は頷いていた。階段に向かって登り始めてすぐに僕たちはおかしなことに気が付いた。踊り場にバリケードが設置されていたのだ。

「なんだこれ」

机や、本棚を重ねたようなバリケードだった。おそらく子供部屋にあったものなのだろう。児童向けの本が見える。

 子供部屋、ということは2階から降ろしてきたものなのか?

そんな疑問を覚えた時、萩原の声が聞こえた。

最後尾から僕らについてきていた萩原が僕らの足元を照らしながら言った。

「ねぇ、なに、それ」

思わず足元を見ると、ひざ下まで僕らの足はどす黒い汚水で染まっていた。その瞬間、急激に鼻腔に鉄のにおいが広がる。血の匂いだ。

「萩原!!」

林田さんが焦った声を上げる。階段の2段目付近にいた萩原は太ももの高さまで汚水に沈んでいた。

 ごぽぽ

「え?うそ、なにこれ」

ごぽ

さっきまで聞こえていなかった匂いと音が急激に鮮明に感じられるようになる。1階はどす黒い汚水で満ちていた。

「萩原ちゃん!!!」

恐怖と混乱で硬直していた萩原に林田さんが手を伸ばす。すでに汚水は萩原の腰を覆い始めていた。

「あ、あ、あ」

震える手を萩原が伸ばす。林田さんが手をつかんだその瞬間、汚水の中から何かに引きずり込まれるように萩原が沈んでいった。それに引きずられるように林田さんも汚水に飲み込まれる。

「クソ!」

そう叫んだのを最後に二人は汚水の中に消えた。

 どぽん ごぽ 

ごぽぽ

そんな音を立てながら、汚水はさらにその体積を増し始めた。

「に、二階に!」

八瀬先輩の声にはじかれるようにして田崎と僕はバリケードを跨ぎ超えた。

必死で2階にたどり着くと、そこは1階と違って、きれいな状態だった。物が散乱していない。ただ、薄く汚水が床に広がっている。

「どうなってんだよ」

田崎が言う。

「無意識に僕らは足元から気をそらしていたんだ」

気づいていたんだ、足元が一番やばいことに。だから、足元の汚水から目をそらして、2階に逃げようとしていたのだ。そしてそれは多分、

「元々の住人も同じだったのかもね」

八瀬先輩が言った。

 溺死、したのだろう。家の中で。

そうして1階で死ななかった家族の残りが2階に逃げて、

「餓死したのよ」

突然聞こえた子供の声に振り向くと、部屋の一室から10歳くらいの女の子が体をのぞかせていた。

「あの〈水〉のせいで、パパとママも溺れちゃって。私たちも出られなくて」

その時にはもうすでに僕はこの異常な状況に飲み込まれていて、その子がおそらく死者であろうことも受け入れていた。

「今までは、あの本棚のところまでは大丈夫だった。でもそこから下に行こうとするとあの水がワッっと出てきちゃう。しゅん君は飲み込まれちゃった。でも、お兄ちゃんたちを飲み込んでもっと増えちゃったのかも」

ごぽ

ちゃぷ ぴちゃ

階段の最上段で汚水が跳ねるのが見えた。

「な、なぁ、2階に窓はないのか」

田崎が言いながら、部屋の中に上がり込む。

子供部屋だった。家具はベッドしかない。バリケードを作るために動かしたためだろう。

窓はあった。

田崎が駆け寄りロックを解除し開けようとするが開かない。僕も駆け寄り、一緒に窓枠を引っ張る。が、びくともしない。

ちゃぷ びちゃ バシャバシャ

みるとすでに床に汚水が浸水し始めていた。

「あーあ」

少女が言う。もうここもだめだね。

「叩き割るぞ!」

 田崎がどこからか見つけてきた鋏を握りしめて窓ガラスを殴りつける。

ごぽり

窓のサッシの隙間から汚水があふれ出る。田崎が思わず飛びのき、尻もちをつきながらそのまま沈んでゆく。

「田崎!!」

「ねぇ、なんで君はここから出ないの?」

八瀬先輩が女の子に問いかける。

「そんな場合じゃ、」

「だって、もう、満ち満ちているんだもの」

出会ったった時から一歩も動かないその女の子がカパリと口を開く。

ごぽり

女の子の口と眼窩から汚水が噴き出す。

どうして、2階は安全だったはずなのに。

「違う!こいつが水源なのよ!」

水は上から下に流れるものだから。

八瀬先輩はそう叫ぶと女の子を抱えて階段から汚水へと飛びこんだ。

「そんなに満ちたきゃ、自分で味わえ!」

「先輩!」

とぽん

ひざ下まで汚水につかり、重い足をばたつかせながら僕は1階をのぞき込む。しばらくは水面は静かだったが、急激に水位が下がっていくのが見えた。

水位がある程度下がったのを見て僕は階段を駆け下りた。

ぐちゃぐちゃになった1階を走りまわると、みんながいた。

「おぇ」

「おげぇ」

おもいおもいに吐いているようだ。

良かった。思わず安心したが、先輩が女の子を組みしいているのに気付いた。

「幽霊も溺れるんだね」

先輩がにっこり笑いながら女の子の口をふさいでいた。女の子は自分の吐いた汚水でさらに溺れている状態だった。

ごぼ、ごぼぼ

萩原と林田さんは目の前の情景と状況にえづきながらも混乱していた。

「え?え?ウェ!」

「今のうちにここを出ましょう!」

田崎がそういうと、先輩もうなずき、全員で玄関に向かって走り出した。

玄関は開いていて全員団子になって飛び出した。

「みんな、どうしたん?」

玄関の向こうにいたのは6人目のメンバーである立川だった。

 

「結局何だったんですかね、あの家」

数日後、大学構内で先輩に会い、二人で自販機で買った飲み物を飲みながら立ち話をしていた。

「きっとあの女の子、もとは普通の子だったのかもね」

「というと」

「始まりはきっとあの汚水がどこからか沸いてきて、両親が溺死した」

ただ、その汚水はあのバリケードの高さまでしか上がることがなかったのだと思われる。そこであの女の子とおそらく弟は二人避難したのだろう。そんな中で、不注意からか弟は汚水に飲み込まれてしまった。一人残された女の子は二階の部屋で餓死した。その飢えた魂とあの汚水が結びつきあのような形になったのだろうと先輩は語った。

 立川は約束の時間に15分遅刻しただけだったようだ。彼が約束をドタキャンするのは常だったので、あの日も立川を待たずに家の中に入ったのだ。だが、僕らがあの家にいたのは15分どころではなかったのでおそらくあの家の時間の流れはおかしなことになっているのだろう。

「いや、なんか嫌な家やなと思いながら玄関開けたら、ぶっわーきったない水が流れ出てきて、なにこれ、と思ってたら先輩たちが転がり出てきて。びっくりしましたよ。水も気のせいだったみたいですし」

 あの後、立川にみんなで焼肉をおごる2次会になったのは言うまでもない。

「結局、何もできませんでしたね、僕は」

「まぁそんなもんだよ、思い知ったんじゃない?」

意地の悪い笑顔で先輩はそう言った。そもそもあんたのせいでみんな巻き込まれたんだぞ、と心の中でツッコむ。まぁ水面の上昇を止めたのは先輩なんだろうけど。

「いやなことから逃げてもいつかは追いつかれちゃうってことですかね」

 仕方ないし頑張るか、と僕はそうつぶやいた。

 

 

 

もく読日記10冊目 絶叫委員会

         ぢいいいいい

ウニって本当は宇宙人だったらこわいね

ぬーん、     ぬーん、            ぬーん、   ぬーん       今がお前の人生最良のときだ どうしてそんなに大胆になれるのか。 世界と他者に対する怖れのなさが羨ましい。          それはわからない    どちらも本当の私ではない

連日の読書記録。前回はこちらもく読日記9冊目 青と緑 - 木曜レジオ たまにはこう言う軽めの本を読むのも良いよねー。 今日の一冊はこちら 絶叫委員会 (ちくま文庫)

内容

Amazonから引用

町には、偶然生まれては消えてゆく無数の詩が溢れている。突然目に入ってきた「インフルエンザ防御スーツ」という巨大な看板、電車の中で耳にした「夏にフィーバーは暑いよね」というカップルの会話。ぼんやりしていると見過ごされてしまう言葉たち…。不合理でナンセンスで真剣だからこそ可笑しい、天使的な言葉の数々。

感想

穂村弘の本を読むのは「にょっ記」以来だ。 内容は作者が街や友人達から拾った言葉達を拾い上げ、軽い感想を述べたエッセイだ。 取り上げられる言葉は過剰でもなくて、ましてや必要でも十分でもない。 そして穂村弘の言葉もどこかとボケていて抜けている。 まぁエッセイだから当たり前か。

たまにはこう言う抜けた文章を読みたくなる時がある。 今回の場合は多分「青と緑」を読んで頭が疲れてしまったのだと思う。 ある種の言葉の交互浴とでも言うのか。 このスキーム、コンスタントに読書を続けるのに使えそうだな。 何冊か詩集とエッセイを積んでいるので、小難しい本や勉強の本を読んだときはそれらを読むことにしようかな。 今回は感想というか、日記的だな。 別にこの本が悪かったとかではないんだけど、良い意味で本当に軽かった。 長らく積んでいたが今が読むタイミングだったのだと思った。

もく読日記9冊目 青と緑

       綺麗な石だ

       男が女にキスをしているのを見たのはそれがはじめてだった

窓を全て開けはなった。

        燃えるように青い何かが遠くで囁いていた。

                           もちろん世界だった。

わたしたちは引き返さなければならない

                   幸福の中にはこのおそろしいほどの高揚がある。

しかし男の動きはだらしなく、意味も欠いていた。

                彼女は山は徴だと書いた。

 

 

久しぶりに書く読書日記である。

前回はこちら

もく読日記8冊目 安楽死を遂げるまで - 木曜レジオ

 

最近も勉強を兼ねた読書の記事は書いたが、趣味の読書日記は久しぶりな気がする。

今回読んだのは

「青と緑」ヴァージニア・ウルフ

青と緑 ヴァージニア・ウルフ短篇集 (ブックスならんですわる 01)

完全にジャケ買いだった。

素晴らしいデザインではないだろうか。こういう出会いを予感させる装丁に出会うと心が躍る。なんなら出逢いに満足して読むことが後回しになることもしばしばである。

 

まぁヴァージニアウルフの名前だけは知っていて気になっていたと言うのと、短編集を読みたい気分だったのも大きい。

 

説明

以下亜紀書房ホームページより

 

じつに、ウルフ的、もっとも、実験的。

イマジズムの詩のような「青と緑」、姪のために書かれたファンタジー「乳母ラグトンのカーテン」、園を行き交う人たちの意識の流れを描いた「キュー植物園」、レズビアニズムを感じさせる「外から見たある女子学寮」など。

短篇は一つ一つが小さな絵のよう。
言葉によって、時間や意識や目の前に現れる事象を点描していく。
21世紀になってますます評価が高まるウルフ短篇小説の珠玉のコレクション。
――ウルフは自在に表現世界を遊んでいる。


ウルフの短篇小説が読者に伝えるものは緊密さや美や難解さだけではない。おそらくこれまでウルフになかったとされているものもここにはある。 たぶんユーモアが、そして浄福感が、そして生への力強い意志でさえもここにはあるかもしれない。(「解説 ヴァージニア・ウルフについて 」より)

 

 

感想

難しかった。と言うのが素直な感想である。今まで僕が読んできた多くの小説は視覚を如何に文字に落と仕込むのかと言うことにある程度割かれていたのだが、この本は違う。この本でも勿論情景は描写される。だがそれは「意識の向く先」としての風景であり、風景の描写それ自体は影のようなものだ。意識がそれれば暴力的に風景描写、聴覚情報そのほかが切り替えられる。物語の視座が意識そのものの中にあるからだ。錯綜しているようにすら思える。

僕が小説を読む目的の一つに、他者の内面理解の参考にしたいから、と言うことがある。ある意味この本はそのかっこうの素材になった。人の意識、内面についてどこまでも具体の描写で肉薄しようとするからだ。全ての風景や所作は示唆的である。視座が意識の中にある以上、描写の全てに意識が、脈打つ意識が行き渡っている。

常に誰かの意識の中にいるような独特の緊張感がある。

「堅固な対象」・「外から見たある女子学寮」が特に気に入った。

「堅固な対象」はまずわかりやすい。この短編集、ものによってはストーリーが一切なく、状況説明に終始するものすらある。「同情」などは故人との会話の反省に始まり実際には行っていない会話を妄想し、残された未亡人の立ち振る舞いをありありと妄想する話で、その物語の間に新しいことは何も起こってはいない。backnumberの「高嶺の花子さん」を思い出した。二人の人間の決定的な、すれ違いをここまで手応えを持って描かれているのは読み応えがあった。

「外から見たある女子学生寮」は、僕個人としてはこの物語の「意識」にすんなりと入ることが出来て、最後のあの窓を開け放すカタルシスは経験したことがあるとすら思った。僕が好きな夜の空気感の描写とも相まって、朝焼けのひり付くような気配と、正月の朝に吸う綺麗な空気を思い出した。

「憑かれた家」はホラー好き、怪談好きとしては惹かれざるを得ない。幽霊、幽霊のような男女の描写が独特だ。彼らはなんなのか、家が見ている夢のような、そんな曖昧な、でも居る存在。

僕がずっとこよなく愛し、15年以上の長きに渡って手放していない本に「六番目の小夜子」がある。この物語の最後に『彼ら』と言う存在が登場する。

 

彼らはいつもその場所にいて、永い夢を見続けている小さな要塞であり、帝国であった。

彼らはその場所にうずくまり、『彼女』を待っているのだ。

ずっと前から。そして、今も。

顔も知らず、名前も知らない、まだ見ぬ『彼女』を。

 

こうして物語は締め括られる。僕はこの『彼ら』が何のことなのか全くピンとこなくてずっと引っかかっていた。

ヴァージニア・ウルフの「憑かれた家」を読んでようやくその正体がわかった気がした。別に幽霊だと言うのではない。そこにいてずっと待っていて、夢見ている帝国。

見当違いかもしれない。でも僕はようやく『彼ら』の輪郭を掴めたような気がした。

 

まだきっとこの短編集の10%味わえていないのだろう、だからこれかも何度か読むことになる。そんな予感がする。そんな短編集だった。