木曜の医師国家詩篇

国試一月前に留年した落ちこぼれ医学生のブログ 底辺医学生による落ちこぼれ医学生の為のブログ 反面教師的な *この人生はノンフィクションですがこのブログはフィクションです

国試までの進捗 反省の八月

日記です。

9月ですね(もう始まってる!)。

 

いやー今年が終わるまであと3ヶ月…。

え?怖くない?マジで言ってる?

国試まで160日切ってる?

 

卒業試験もあるし模試もあるし。

血の気が引けてきますね。

 

最近はと言うとマッチングも「一応」終わりようやく腰据えて勉強できる感じですね。

うーん、マッチングを言い訳に8月は勉強をコンスタントにできなかったのは普通にダメだったな。浮ついてしまった。QBのメジャーも若干終わらなかったし。小児科産科婦人科に手を出してたのもあるが。

 

まぁ言い訳してもしょうがないので9月で必修以外のQBを一周しよう。

理屈の上では一日80問くらいやれば無理ではないしまぁなんとかなるだろ。

 

とはいえ問題なのはどうやって復習していくか。僕の場合は復習しないとほんとに何にも残らない。無。

卒業試験を上手いこと使っていければいいのかもしれないが。

今のところレビューブックを上手いこと使えないかな、と画策中。

 

まぁそんな感じでよろしく9月、仲良くやろうぜ。

熊の場所

熊の場所」という本がある。

僕は古本屋で買ったのだが変わった装丁の単行本で、本の中に恐らく綿か何か詰めてあってモコモコしていた。

その面白さだけで買った。

熊の場所 (講談社文庫)

熊の場所 (講談社文庫)

 

 

短編集なのだが、その中にタイトルにもなっている「熊の場所」がある。

 

話の概要は忘れてしまったが、

 

 人には逃げてもまた戻って来なければならない「熊の場所」がある。

 

という話だったと思う。なぜ熊なのか、と言うことは本編を読んで確かめてもらうとして、僕は時々この「熊の場所」と言う言葉を思い出す。

 

逃げたつもりが逃げられない、と言う話はホラー的にも恐らく定番で、筒井康隆の短編集「くさり」に収録されている「鍵」という短編もそのようなものであったと思う。

 

くさり ホラー短篇集 (角川文庫)

くさり ホラー短篇集 (角川文庫)

 

そう考えて行くと、京極堂シリーズの「姑獲鳥の夏」もまた逃げ出した過去に再び対峙する話であったかも知れない。

 

さて、小説の話はここまでにするとして、僕自身にとっての「熊の場所」とはなんなのか。

僕は。僕の人生は嫌なことからずっと逃げ続けてきたようなものだから「熊の場所」だらけになってそうな気がするのである。

何をするにも過去と対峙せねばならない。

大学とそこでの勉強は勿論、部活も、人間関係も生活も、どこかしらで僕は逃げ続けている。

でももうそんなことは終わりにしなければいけないし、いつまでも過去に戻ってばかりでは前に進めない。

だから気が遠くなるような話だけど1つ1つ熊の場所を埋めていってやらないといけない。

熊から取り戻さないといけない。

 

それに最近気づいたことなのだが、熊はあまり怖くない。

昔の僕にとって恐ろしかった熊も、曲がりなりにも成長した僕にとってはそこまで勝てない相手ではないことがある。

 

抽象的でふわふわした話になってしまったが、取り敢えず僕にとっての直近かつ最大の「熊の場所」は卒業あるいは卒業試験である。

 

なんとしてもこいつを倒して自分の場所を取り戻さないといけないのだ。

 

気分はマタギ。熊鍋にしてやる。

僕たちは合理的であるがゆえに先延ばしする、という話 ー動学的非合理性を踏まえてー

 

さて今日は色んな記事シリーズごっちゃ混ぜで行こうと思う。

「意思決定理論入門」の読書日記でもあるし、「留年と意思決定理論」の並列怪論でもあるし、進捗報告でもある。

前回の並列怪論  女性医師とフェルマーの最終定理 - 木曜の医師国家詩篇

前回の読書日記  読書日記1冊目 オカルティズム 非理性のヨーロッパ その1 - 木曜の医師国家詩篇

そんなまとまりのない日記ですが暇ならどうぞ。

目次

先延ばし癖

国試に向けて頑張らねばと思いつつ、ついサボりグセが出てきてしまう。30分後に勉強始めよう。そしてそのまた30分後ににはあと30分だけ、そんなことを繰り返して無限に時間が溶けていく。

所謂「先延ばし癖」である。

僕の場合ひどい時はこの先延ばし癖で、13時開始の追試験当日の朝9時から勉強する羽目になったことがある。そして留年した。

どうにかしなければ割とまずい性質のものである。

僕自身の解釈モデルとしては、おそらく僕には診断がつかない程度の「ADHD」的な傾向があり、それによるもの、としている。とはいえこのままでは何も解決しない。診断自体は解決にはならないからだ。人によってはそれはただ単なる「怠惰」だというであろう。それも少なくとも僕に限れば間違いではないと思う。どちらにせよ現象に名前がついただけである。解決を求めるなら、さらに自分のままならなさに向き合わねばなるまい。

意思決定理論

今現在、大学図書館で以下の本を借りて読み進めている。留年による学費という無駄な出費を少しでも有意義にしようという悪あがきで借りてみた。 

意思決定理論入門

意思決定理論入門

 

 

 

予想してた以上にゴリゴリに統計学の本であった。

人間の意思決定という複雑なものを定式化していく様はとても難しいが興奮を伴う。一時期経済学にはまったのもこれと同じ美しさを感じたからだろう。

 

その例がプロスペクト理論である。

以下野村證券の用語集より引用

プロスペクト理論|証券用語解説集|野村證券

プロスペクト理論(ぷろすぺくとりろん)
分類:経済
プロスペクトとは英語のProspectのことであり、期待や予想、見込みなどのニュアンスを持つ。プロスペクト理論はリスクを伴う状況下での判断分析として、米カーネマン氏らが1979年に公表した論文のタイトル名。

プロスペクト理論により、従来の投資効用理論では説明のつかない投資家の判断行動が現実に即した形で解明された。例えば、投資家は収益よりも損失の方に敏感に反応し、収益が出ている場合は損失回避的な利益確定に走りやすい。一方、損失が出ている場合はそれを取り戻そうとしてより大きなリスクを取るような投資判断を行いやすいとされる。

プロスペクト理論は行動ファイナンス行動経済学と呼ばれる心理学の要素を応用した新たな経済学の分野を切り開いたとして、同氏は2002年のノーベル経済学賞を受賞している。

 言葉で表すとなんかわかったようなわからんような感じになるが本書ではそこら変を胃もたれしない程度に数式やグラフで表現してくれているので読んでみてほしい。

 

 動学的非整合性

さて、今回話題にしたいのは「動学的非整合性」である。

まずは貴方の「合理性」を試すこちらの問題を考えてほしい

 

意思決定論入門  p55より引用

あなたは次の2つを比較する

ⅰ.a. 今日1000円もらうb. 今日から1週間後に1200円もらう

 

一方,あなたは次の2つを比較する.

ⅱ.  a. 今日から50週間後に1000円もらうb. 今日から51週間後に1200円もらう

ⅰの今日か1週間後かの問題で貴方はどちらを選んだだろうか?そのどちらでも理由をもって選んだのであればそれは貴方にとって「合理的」な選択である。問題はそこではない。

ⅰの問題とⅱの50週後の問題とで、どちらもaもしくはbを選んだかどうかが問題である。

 

ⅰの問題に対しては多くの人がaを選ぶという。対してⅱの問題においては多くの人が「50週以上後のことなら同じだし多くもらえる方もらうべきだろう」と考えbを選ぶのである。だがしかし、もしも50週間後にもう一度選択のチャンスがあれどうだろうか?「あれから50週間経ちましたが今日貰いますか?1週間後にしますか?」そう問われればⅰでaを選んだ人は再びaという選択肢に(50週間後の今日もらうことに)変更することになるだろう。一度下した決定を、このように翻してしまう。これが「動学的非整合性」であるらしい。

 

いつ勉強するのか

ここで冒頭の先延ばし癖の話に戻る。

 

なぜ今しないことを30分後の自分がおこなうと考えるのか。

「30分後勉強しますか?」という問いは、30分後の自分からすれば結局「今勉強しますか?」という問いに他ならないのである。

 

今しない人間は、30分後も当然しないのである。

 

勿論、大きく状況が変わるならするかもしれない。だがしかし、30分という時間が経過するだけであれば、たいして状況は変わらない。そうすると「今はしないけど30分後の自分はするはず」と考えることはある種の「動学的非整合性」なのではないか?

 

つまり一度下した判断に再現性があり、一貫性があるという意味で「先延ばしは合理的」なのである。

 

僕たちは合理的であるがゆえに延々と先延ばしをするのではないか?

つまり僕たちを救うのは「合理性ではない」。

 

そもそもの問題設定に誤りがあるのだ。狂った仮定の元にロジックを代入しても出力されるものは狂ったものにしかならない。

 

今勉強するかどうかが問題なのではない、勉強をするかしないか、それだけなのである。

そしてそうであるなら、(今度こそ合理的に考えれば)やるべきタイミングは「今」しかないのである。

 

いつだって今しかない。

 

この気づき程度で僕の怠惰がどうにかなるとは思わないが、解決の糸口になるのではないか、とそう思った。

少なくとも今まで頭の片隅にあった合理性やコスパなんか糞食らえという気持ちになった。

いいからやれ、それだけだ。

国試までの進捗 あと180日のサマー

眠すぎて日記です。

 

あと国試まで180日くらいらしいですね。26週間ない感じですね。アニメが2クールも回らない!!

 

夏メックの結果は改めて自己分析して記事にするとして、時間がない!!

すごい雑に計算してみる。

このあと模試が4つくらいあってそれぞれ2日、復習も入れて4日以上潰れるとして20日

卒業試験に準備含めて20日

マッチング関係で4日くらい溶ける。

国試1ヶ月前くらいは多分焦って効率落ちるし復習しかできない。

となると、自分のコントロール下で思うように「勉強を進められる期間」はもう100日くらいしかない!!

 

こっわ、眠いとか言ってる場合ちゃうわ。

 

仮にだけどQBのAからZを一度しようとしたら一冊に4日くらいしかかけれない訳だ。

ま、まぁ重めのメジャーはソコソコやったつもりだがまだまだだしな…

 

などと鼓舞しつつ頑張っていこうと思いまうす🐭

 

女性医師とフェルマーの最終定理

夏、マッチング

夏ですね。六年生の僕的にはマッチングの季節。そんな中、小論文対策で医療にまつわることなどをやはり改めて考えることになる。そういう意味でマッチングはいい機会でかもしれない。医学生に真面目に医療について考えさせる契機になると言うか。そこで少し考えたことを久しぶりのその2つは並べんだろっってのを敢えて並べる「並列怪論」の記事として書き散らしてみる。

前回の並列怪論

マウントと占い師 - 木曜の医師国家詩篇

 

今回のお題は300年の長きにわたり証明されなかったフェルマーの最終定理と未だその解決の糸口が見えぬ女性医師に絡んだ問題である。

女性医師

ツイッターの医療関係者界隈で度々話題になるのが、女性医師の出産とその負担が男性医師含むその他のひとに負わされる話だ。女性医師より男性医師を増やせ、という話にもつながってくる話でもあるようだ。男女平等の考えに基づけば医師になりやすさに男女差があるべきではないだろう。だが必要である、という勢力も一定数いる。この2つの対立する立場が和解する道はあるのか。

 

アンドリュー・ワイルズ

さてフェルマーの最終定理の事はもちろん聞いたことはあるだろう。僕もその中身はよく知らないが存在は知っている。高校生の頃、若干背伸びして数学関係の書籍を意味もわからずに読んでいた時期があった。カッコつけだったのだ。自慢する友人もいなかったが。だってかっこいいじゃん、最終定理。

 

 (確かこの本だった)

その中でフェルマーの最終定理に挑んだ人たちの本も読んだ。その内容のほとんどは忘れてしまったが日本人もその解決に関わっていたというのは意外だったので覚えている。確かその本の冒頭でフェルマーの最終定理を証明したアンドリュー・ワイルズについての話が紹介されていた。彼は一度証明を間違えた。大々的に証明したと発表した後、彼の証明にたったひとつ、しかし致命的な欠陥があることが示されたのだ。ワイルズは当然再証明をすることになる。その時の彼を例えた一節が確かこんな風に描かれていた。

 

彼は四角い部屋に、三角形のカーペットを隙間なく敷こうとしているかのようであった。ひと隅を寄せれば他の隅が空いてくる。それを何度も繰り返す。そんな作業を続けていた。

 

足りないカーペット

僕が思うに、雑に言えば人類の半分を占める女性が選択の余地があるとはいえ、取りうる行動のひとつを想定していないかのようなシステムがそもそもおかしい。現在の少なくないシステムが永らく男性社会の中で構築されてきたものを援用してるにすぎないことに我々はもっと自覚的であるべきではないか。とは言え、問題はそこではないと思う。

 

ぶっちゃけた話単純に医者が足りない。もっと言うととっくの昔にこの国の医療は破綻していてその崩壊の中を止まることもできずに走り付けているだけなのではないか。

 

正直なところ、政府の人間は医療の最大の利用者で患者である高齢者が寿命で消えるまで逃げ越せればいいと思ってるんじゃないかと思ってしまう。そこまで崩壊させながらも走らせ続けられればそこから再建するつもりなんじゃないかと勘ぐっている。

 

医療におけるカーペットはあまりに小さく無理矢理に広げようとしてすでに張り裂けている。そんな状況の中で犠牲になるのが「まだこの世に影も形も生まれてもいない赤ちゃん」という最大の弱者なのではないのか。などということを思う。

 

ワイルズは最終的にかつて諦めたアイデアを再び拾い上げることで証明を完成させた。全く新しい何かをしたわけではない。医療にまつわる問題の解決もまた、きっと劇的ではない。

タイムトラベル術式

「やり直したかったんですよ」

ニヤニヤと男は笑いながら言った。

「何がおかしいんだ!お前は自分の恋人殺したんだぞ!」

取調室に刑事の怒号が響く。

「落ち着いてくださいよ、話しますから刑事さんの煙草の匂い嗅がせてくれません?それ好きな銘柄で」

ニヤつく男の目の異様なまでの輝きに少し圧倒されながらも刑事は心を落ち着かせた。

スーツの内胸からタバコを取り出しつつ質問した。

「なんで殺したんだ、痴話喧嘩のもつれ、じゃあないよな」

 

刑事が目撃した事件現場は壮絶の一言だった。現場は犯人とその恋人同棲していたアパートの一室だったが、男自身の通報で駆けつけた刑事が扉で開けた向こうで見たのは壁や床に血で描かれた異様な文様と取り出された臓物がなんらかの規則に従うかのように幾何学的に並べられた光景だった。

男はそんな部屋の中心で何かに祈るように佇んでいた。

 

刑事は確信していた、勘でしかないがこの男は狂ってはいない。

何か意味があってあんなことをしたんだと。

 

「刑事さんはタイムトラベルって信じます?」

「は?」

まるで殺人なんかなかったかのように、タバコを弄びつつ普段何度もしてる雑談であるかのように男は切り出した。

「僕はタイムトラベラーなんですよ、何度も旅してきた、方法を見つけたんです」

「何言ってんだお前、じゃあの部屋のがそれだっていうのか」

いきなりな話で刑事は困惑した。

「ええそうです」

男は相変わらずニヤついたままだった。

「お前の妄想を信じる気などさらさらないが、だとしたら失敗したのか?現にお前はここにいるわけだし」

刑事の問いに男が笑い声をあげる。

「いえいえ、成功も成功、大成功ですよ!刑事さんのイメージするタイムトラベルってやっぱり猫型ロボットのアレですか?でもあんなのタイムパラドックスが起きちゃうじゃないですか、だからありえないんですよ」

「…」

こいつは本当に頭がおかしいのかと刑事は考えを改め始めていた。それと同時に刑事自身が子供の頃sfの小説を読んでそんな話があったのを思い出していた。

「僕が見つけたこの儀式はそれらの矛盾を解決しました。この儀式はですね、僕の意識だけを過去に送ります。」

「…もういい、黙れ、精神鑑定でも受けて減刑されようって魂胆か?」

「おやおや、信じてないですね刑事さん、いつもそうですね」

「いつも?」

さっきから感じていた違和感が刑事の中で膨らんでくる。こいつと俺は初対面のはずなのに、こいつはまるで俺と永らくの知り合いであるかのように話してくる。ただたん馴れ馴れしさとは違う感じで。

「こうして刑事さんに捕まるのももう何度目かな、勝手に親しみ感じちゃってるんですよ。それにほら、刑事さんがタバコ持ってるのとか僕知ってたでしょ?」

「「そんもの、タバコを吸ったら匂いぐらいするだろうが」」

男は完璧なタイミングで刑事の言葉にかぶせてきた。

「まぁつまりこの世界は僕からしたら捨てられた世界線とでもいうべき世界でどうでもいいんですよね。多分今度の僕はもっときっとうまくやるでしょうし、彼女と幸せになると思います」

固まる刑事をよそに男は話し続けた。

 

深夜の愚痴

久しぶりのこのコーナー

まあなんというか、ほんとは記事で書こうかと思ったけど、でもあまりに体験的で個人的なことだからこんな形で書こうかなって話

もともと僕はかなり差別的な考えの持ち主だった
今だって自分ではましになったと思ってるけどそんなことはないのかもしれない

高校の担任も、俺は差別主義者だ!などと言い出すような人間で、そんな環境で育った

かなり失礼な言い方をすれば障害のある方達の存在価値を認めていなかった

それはもしかしたら厨二病を拗らせた男子がナチスの良さを俺だけは知ってるぜ、と振る舞うような、そんな偽悪でもあったのかもしれない

だが、まぁ、少なくとも障害のる人たちをかなり下に見ていたのは事実だったのだと思う


そんな僕だったが、とある場所で出会った女性のことが好きになった
その人はある種の障害者だった

それはお前、性欲が差別に勝っただけでなんも差別を克服はしてねぇよ、と言われて仕舞えばそうなのだが、だが、僕にとっては自分の中にあったある種の価値観が崩壊する重大な事件だったのだ

それまでは障害者というカテゴリは僕にとってはかなり絶対的でその人の本質と分かち難いものであったのだが、その人に出会って以降は

好きになった人が偶々障害を持っていた

というニュアンスへと変化した

障害含め先天的にその人個人が持つ性質というものはあるのだが、それはその人にとっての「本質」たりうるのか

それに対して何をしてきたのか、それこそがその人の本質なのではないか

そんなことを考えるようになった

まぁ、その人に僕は話しかけることもできず気持ち悪く遠くから想いを馳せるだけだったのだが、とても感謝をしている

それだけの話

まぁなんというか、気持ち悪い男だな僕は


そんな感じ