木曜レジオ

恥の多い人生ですね(達観)

王下ギルド怪異対策課 ダンジョン内連続怪死事件

地球、特にその中でも日本と呼ばれる国からの異世界転移者がある時期より増加した。増加と言っても年に数人ではあるのだが。 彼らはこの世界の人間が持ち得ぬ技能と異能を駆使してこの世界に降りかかる魔王などの脅威から幾度も世界を救ってくれた。しかしながら、彼らの出現とともによからぬものがこの世界に侵入していることに漸く世界は気づきつつあった。 この世界にはモンスターと呼ばれる存在がおり、人間を含んだ生物群とは異なる成り立ちの化け物たちのことをそう呼んでいる。その中には魔族と呼ばれる高知能の存在も含まれ、しばしば魔王化する。 彼らは時として人を襲い国を滅ぼし世界を破滅に導こうとする。 だがしかし、ある種の生物とされている。 アンデッドと呼ばれるモンスター群ですらそうだ。マナと呼ばれるすべての生命体が持ちうるエネルギーを捕食しているのだ。 そこには食物連鎖があり、やり取りがある。

しかし、ある時期よりその法則に則らない新種のモンスターと思われる報告が出始めたのだ。嫌、モンスターと解釈されていたが、正確には説明できない現象とでも呼んだほうがいい。 調査が進むにつれて、異世界人たちの故郷で「怪談」と呼ばれているモノが似通っていることが判明し始めた。モンスターではないので、討伐しようがない。なんらかのナニカはいるが、どちらかといえば現象に近い。それが「怪異」だ。

僧侶たちによる対策チームも組まれてはいるが、有効打にはなっていない。目下、怪異現象の調査収集が急務となっている。 そのために設立されたのが、王下ギルド怪異対策課である。

リディアル王国国王直属のギルド、通称王下ギルド。その業務の多くはモンスター討伐を含む国内の治安維持や開拓である。その中の一部署として、怪異対策課は作られた。

怪異対策課に怪異の疑いのある事件の重要参考人が確保されたとの連絡があった。怪異対策課の新人職員、テニュアが当該事象のインタビュアーに抜擢された。テニュアが呼び出されたのは王下ギルドの警備課棟であった。 テニュアが王下ギルド警備課に呼び出されると応接室に案内され、警備課長直々の対面となった。 「君が、怪異対策課の?」 「はい、テニュアと申します」 警備課長の新人をよこしやがって、という目線にはあえて気づかないふりをして、テニュアは元気よく応答した。 「もう1人来ると聞いていたが、それはどうした」 「あー、『彼』は少々変わり者でして、転移者で自由と言いますか、多分遅れてくると思います」 テニュアが顔を引き攣らせながらそういうと、転移者ならば仕方あるまいと警備課長も納得したようだ。 「ここの常識が通じんやつらだからな、君も苦労しているのだろう。ふむ、まぁいい、取り敢えず今から問題の男に会ってくれ」

数ヶ月前から王都近郊の第48ダンジョン内での死亡者が増えているという。 ダンジョンは当然死の危険もあり、行方不明者が出ることも珍しくはない。そして、ソロの冒険者での死亡事故や行方不明であればなおのことだった。 ただし、異常なのは、その死体が最下層付近で発見されていることだった。しかもその死体の死因はいずれもが餓死だという。 ダンジョンは階層構造となっており、第48ダンジョンも例外ではない。第48ダンジョンは15階層構造となっている。下に潜れば潜るほどにモンスターは強く、より多くなってくる。当然手に入るアイテムも良くはなる。ソロの冒険者はせいぜい第3階層までしか活動できない。それが何故か最下層で見つかるというのだ。可能性として言えば、第三者が死体を最下層まで運ぶ可能性や、途中で合流した何者かが最下層まで降りた後に殺すというものだ。しかしわざわざそんな面倒なことをする人間はいない。囮として利用するというのもわからなくはないが、それが何度も繰り返すほどに効率の良い手段かと言われるとかなり怪しい。しかも最近では徐々に他のダンジョンでも同様の現象が出現するに至り、もはや特定の冒険者パーティーの仕業などではなく「怪異」の仕業ではないかと囁かれるようになった。王下ギルド怪異対策課にも調査依頼の命令がギルドマスターから下るも増え続ける行方不明者と死者を数えるしかすることがなかった。そんな折、マルセスという男がダンジョン内で確保された。

テニュアが案内されたのはギルドの医療室だった。ベッドにはうつろな目をした男が座っていた。 「こんにちは、マルセスさん」 呼びかけられた男はおずおずと顔を上げた。 「あぁ、あんたが」 マルセスはソロの冒険者だった。別にソロの冒険者は珍しくない。専業の冒険者としては珍しいかもしれないが、兼業タイプの冒険者であれば1人であっても、農閑期や仕事が空いてるタイミングで、ギルドの小さな依頼を受けたり、ダンジョンの浅い層に潜ることは珍しくもない。 マルセスは「斥候」のジョブスキルを活かし、ダンジョンの浅層での立ち回りは専業の冒険者にも負けないほどであった。浅層であってもモンスターは出現するが工夫で対応はできるし、回避もできなくはない。ドロップアイテムを手に入れたり、隠しアイテムを見つけることができれば、数日の食費は稼ぐことができる。ソロ冒険者の行方不明事件が続いているという噂もあったが農閑期の今、生活費を稼ぐためにもダンジョン潜りはやめられなかった。ある日、いつも通り第3階層でドロップアイテムを回収していると、声をかけられたのだという。 「君、うちのパーティーに入らないか?」 ダンジョン内で見ず知らずの他人についていくのは自殺行為だ。ギルドの警邏はあるとはいえ、基本的に無法地帯であり他人は信用しないに限る。パーティー内でも報酬の分配で揉めることは多く即席のパーティーを作るくらいなら、とソロで居続けるものも多いのが現実だ。ダンジョン踏破のクリア報酬アイテムもひとつしかなく、パーティー内で揉めることはよくあるのだ。 だから普通であれば無視するべき言葉ではあったのだが、その時マルセスはその男の言葉に「おう」と返事してしまったのだという。 「ちょうど良かった、1人抜けてしまって困っていたんだ。今から僕らは最深階層に向かうところでね斥候を探していたんだ」 そう男は言ったという。マルセスはなんだかそうすることが当たり前だと思ってしまって、疑うこともできなかったのだという。そこから彼らとマルセスの冒険が始まった。見たことのない階層、見たことのないモンスター。それは心躍る冒険だったという。だがしかし、最終階層の手前の階層で思わずモンスターの反撃をマルセスは喰らってしまい、意識が途切れたという。そうして目が覚めると、連続怪死事件を受けて警戒していたギルドの警備員たちに保護されたのだという。発見時周囲には誰もいなかった、というよりも誰かがそばにいた痕跡もなかったという。

「運ばれてきた時の彼、それはひどい状態でしたよ」 医務室付きの僧侶がいう。 「何日も睡眠を取らず、2日分しかない食糧も食べ尽くした後で飲まず食わず不眠不休でダンジョン攻略をしてたみたいで」 そんなことは不可能だ、不可能なはずだが、できてしまった。 「マルセスさん、その冒険者たちの顔は覚えていますか?」 テニュアにとはれたマルセスは首を振る。 「わからない、わからないんだ、何も、あんなに一緒冒険したのに、誰の顔もわからないんだ」 どういうことだろう、怪異がらみかと思ったが妙な冒険者パーティーがソロ冒険者に精神支配系の魔法でもかけて遊んでいるんだろうか。 「そいつら、何人でしたか?」 突然割り込んできた声の主に、全員が目線を向ける。そこに立っていたのはこの世界では珍しい黒髪の背の低い男だった。 「お前が転移者か」 警備課長に問われた小男は軽く会釈する。 「怪異対策課のネギシと言います」 ズンズンと男は医務室に入ってくるなり、男はブツブツと話し始めた。 「この連続怪死事件、被害者の職業が固定されているんですよね。『斥候』『剣士』『盗賊』『重騎士』『僧侶』『白魔道士』『格闘家』これ以外はいません」 「そんなありふれた職業、なんの特定材料にもらんだろ。どこにでもいるぞ。そんなの発見でもなんでもない」 警備課長が呆れ声で言う。 「えぇ、ありふれている。第48ダンジョンで連続怪死事件が起こる直前期ダンジョンに潜ったパーティーのなかに、先ほどの構成メンバーで組まれた冒険者パーティーがないか調べるとドンピシャでいました。『銀色カナリア』と言う中堅パーティーですね。職業自体はありふれてますが、先ほどの構成ぴったりとなるとなかなかいません。彼らは半年ほど前にダンジョン内で行方不明となっています」 「そいつらが『怪異』になったのか?」 テニュアがそう聞くと、ネギシはおそらく、と頷く。 「今回はどうやらきちんと名前のある怪異ですね。『7人ミサキ』と言うやつでしょう。山や川、海などで6人組の亡者に行き合うと、その仲間にされて組み込まれてしまうと言う怪異です。その中の1人が成仏するとまた新しい仲間を探すといいます。銀色カナリアの7人は死後も諦められなかったんでしょうねダンジョン制覇を。だけれどダンジョン制覇の証はたった1人に与えられるもの。だから一度に救われるのは1人だけなんでしょう。そうして新しく入ったメンバーは踏破後に亡者の群れに加えられる」 「その7人ミサキから解放される手段はないのか?」 「はっきりしたこと何とも。ただ、向こうで読んだ生還者の話ではふとしたきっかけで我に帰ったと言う話もありましたし、マルセスさんの場合、モンスターにぶん殴られて、強制的に意識が途切れたことで解放されたんでしょうね」 「対策は何かあるのか?」 「まぁ単純ですが、先ほどあげた7職業のソロ探索を禁止することでしょうね」 ネギシは言った。 「簡単に言うが反発がなぁ」 考え込む警備課長を無視してネギシはマルセスに話しかける。 「そうそうマルセスさん。あなたはもう絶対にダンジョンに近づいちゃダメですよ。もう彼らは完成してしまったし、他のダンジョンにも広まりつつある。彼らは怪異になってしまったんだ。この世界における現象の一つになってしまった。一度お仲間になったあなたはきっと誘われてしまう」 ネギシの語りに震えながらマルセスは頷いた。

「また貴様は遅刻したのか」 「いやースマホで時間見れないと今がいつかわかんなくなるんですよ」 「また訳のわからんことを・・・。しかしまぁ今回はなんとか対策が取れそうで良かったな。マルセスも助かって良かった」 そうギルドからの帰り道、テニュアがつぶやくとネギシはニタリと笑いながら 「いやもうあれはダメでしょ。どっぷりすぎる」 そういった。

マルセスがダンジョン最下層で見つかったのはその数日後のことであった。