木曜レジオ

恥の多い人生ですね(達観)

架地③ 空け地

か‐ち【架地】 〘名〙

① 不安定な土地のこと。〔唐太宗‐置酒坐飛閣詩〕

② 存在しない土地のこと。 ※西洋道中膝栗毛(1870‐76)〈仮名垣魯文〉一一「抑、伝説にあるアトランテイウス大陸なる架地では」

③存在しない番地。②から転じて

④(形動)不確かな前提に基づくさま。 ※浮雲(1887‐89)〈二葉亭四迷〉一「そんな架地な事を宛にして心配するとは」 〔福恵全書‐蒞任部・攷代書〕

⑤災害が繰り返し起こる土地のこと

⑥何かを吊り下げるための土地のこと。崖と崖を繋ぐ橋の土台部分のある土地のことなどを言う。

⑦交通の要所のこと。土地と土地をつなぐ土地のこと。⑥の意義から橋のイメージからか。

[語誌]漢籍に典拠を持つが、近畿地方でかつて使われた「禍地(カチ)」が①の意義と混同される過程で集合し、⑤の意義が生じたものと思われる。

実家の横が空き地だった。 境界線トラブルといえばそうなのだろう。よくあるのは隣家との境界にあるフェンスがどちらの土地のものなのか、みたいな話だったり、軒が侵入していたりだったり、土地の奪い合いになっていたり。 実家の場合は少し違っていた。 昔からの地方の下町とも言える場所で、特になんらかの伝説とか事故がある場所ではない。 実家から東側の隣家との境界に幅20センチ奥行き10メートルほどの隙間がある。 その「空き地」の東西にはそれぞれの家の塀が立っていて、その間に剥き出しの土が見えている。 子供の頃、家の前で父親とキャッチボールをして遊んでいた時に、偶々ボールがその隙間に入り込んだ。 狭い隙間ではあるが、なんとか体を滑り込ませないかと、私がその空き地に入ろうとしたとき、父親が「入るな!!」と怒鳴った。普段温厚な父親からそんな声をかけられたこともなくて、私は随分びっくりしてしまった。それでもう、ボールどころではなくなってしまったし、我に帰った父親から謝られたのを覚えている。 ああ言う隙間に体や腕を入れると挟まってしまって危ないからね、といつも通りの父親に言われたのだ。

それ以来、なんとなく、私はその空き地に注意を向けるようになった。

すると、嫌なことに気づいてしまった。そこには見るたびに殆どいつも動物や虫の死骸が落ちているのだ。しかも体が捩れている。 トカゲ、トンボ、カエル、スズメ、ミミズ、ネズミ、インコ どれもこれもが捩れてひしゃげていた。 しかも、いつの間にかそれらの死骸は消えていた。 自分で埋葬してあげることも頭をよぎったのだが、あの父の怒鳴り声と生理的な恐怖から、その薄暗い空き地に手を伸ばすことができなかった。 でもある日我慢できなくなって父に聞くことにしたのだ。あそこは「なんなの」か。 父は虚な目をして分からない、と答えた。

ずっと前から、父の祖父の代からあそこは空き地になっているらしい。 いつの間にか空き地になっていて、最初はなあなあで特に困りもしないから放っておいたようだ。隙間に何か良くないものが流れ込んだのか、それともそんなだから空き地になったのかは分からないが、お互いに押し付けあっている土地になってしまったらしい。

死骸が湧いてくるんだ。

父はそう言った。捩れた死体が何処からともなくやってくる。風が運ぶのか、猫が持ってくるのか、気持ち悪くて確認したわけではないけれど、湧いてくる。

隣家の嫌がらせかと揉めかけたこともあったらしいが、お互いに特があるわけもなく、いつの間にか両家ともに手を触れないことが暗黙の了解になったそうだ。 別に祟りがあったとかいうわけではない。ただただ気持ち悪いのだ。

お前も、気にするな。 そう父は締め括った。

我が家の東側に窓がないのは、隣家があるからというだけではないのだな、とその時思い至ったのを覚えている。

それ以降、なるべく目を逸らすようにはしていたのだが、ある日家の前で送電線の工事が行われていて、それを学校から帰宅途中であった私はぼんやりと眺めていた。

隙間だから、埋めなきゃいけなくなるんだ。でも、死体で埋めようとするから上手くいかないんだ。

そんなことをふと思い、自分の思考の気持ち悪さに動揺していると、突如風が吹き、高所で作業をしていた作業員が足を滑らせた。叫び声と人間が転がり落ちる音。 思わず走り寄った私がみたのは、隙間に体が無理矢理に捩じ込まれてしまった人間の死体だった。