木曜レジオ

恥の多い人生ですね(達観)

もく読日記11冊目 居心地の悪い部屋

いや、火じゃない

                 よせよ、友達じゃないか

だから男たちはみんな

       胸の中で夢を育むことを覚え、

             四六時中夢を見た。

  あの奇妙な無効の感じを、どう言葉にすればわかってもらえるだろう。

   どう眠った?

           スコットランドの狩猟小屋のように眠ったよ。

                            「探さない」男は言った。

あたし、なんてきれいなのかしら。

         自分がいつどうやって死ぬのか知りたいのでないかぎり、

           アニカ・ブルームにはけっして話しかけないことです。

死ぬことを思い、雲の中で永遠に生きることを思った。

                     やぁ!やってるかい!

そんなわけないだろ、バカ

                             わたしは丸々となりたかった

         とっととお引き取り願おうか

 

 

 

 

 

読書の秋!というわけで最近積んでいる本をずんずん消化しています。(願望)

 

読んだ本をとりあえず紹介するこのコーナー11冊目。まだ11冊目・・・少なすぎへんか?

前回はこちら

structural-alien.hatenablog.com

 

今回読んだのはこちら

居心地の悪い部屋 (河出文庫 キ 4-1)

岸本佐知子 編訳 「居心地の悪い部屋」

 

どうやらamazonで購入したようなんですけど、どうやってこの本に至ったのか全く覚えていません。ジャケ買いだったのかな。

 

このなんとも言えない絶妙なデザインの表紙素晴らしいですよね。タイトルの配置とかもう気持ち悪くてしょうがない。そしてこの黒の圧倒的な圧迫感。

中身を読めば如何にこの表紙のデザインが雄弁かわかる事でしょう。

 

 

 

 

概要

amazonより引用

不条理な暴力の影に見え隠れする計り知れない大きな感情、耐えがたい緊迫感、うっすらと不安になる奇想などなど。編者のダークサイドのアンテナが強烈に反応した異形の作品だけを選りすぐったとっておきの短編集。

 

感想

おそらく僕は今回運命の一冊に出会った。僕はこのブログサイトで思いつきで発作的に小説のようなものを書いている。おおよそ出来損ないのホラーのようなものが多いのだが、この短編集に収められているのはまさしく僕が書きたいと望んで目指している場所そのものだった。

 

この短編集に収められている話はどれも「居心地が悪い」。あまり親しくない友人の知り合いと隣席になってしまった飲み会のようなそんな居心地の悪さ。

早く出て行きたいと思うが故に結末へと足速に駆けさせられてしまう。きっと碌でもないことになるのだろうという確かな予感がギラついているのに、そこに向かって駆け出さざるを得ない。

へべはジャリを殺す

冒頭を飾るにふさわしい短編。我々読者には一切状況が説明されず、ただ、決定的な瞬間が近づいてくることだけがわかる。ドレスコードが全く噛み合わないパーティー会場に紛れ込んでしまったようなあまりにも場違いな場所に連れてこられた感覚に陥る。

おそらく狭く薄暗い部屋で男二人が、我々には全く理解できないことを成し遂げようとしている。

我々よりは彼ら二人はお互いのことを理解しているようだが、彼らは彼らで決して理解し合えているわけではないような気がする。おそらく彼らには決定的なすれ違いがある。

だが彼らはそのことに気づいていながらも無視しているような気がする。

静かな暴力と死の気配と不条理だけが淡々と膨れ上がってゆく。

瞼を縫うところから始まり、瞼を縫うところで終わる話。

どこまでも閉鎖的で排他的な物語。

 

チャメトラ

またしても男二人の物語。前話と違うのは、男の片方が確実に死にゆく途中であるところ。

グロテスクでありながらどこかポップでまが抜けている。

死にゆく人間の走馬灯が、その死をもたらす頭蓋に開いた穴から漏れ出してきたら?

彼らは何を食べた?

 

あざ

なんと美しく残酷な物語なんだろう。

全てを持っているかのように見えて、天から全てを掠め取られてしまった女。

それを見つめる「私」が語り部なのだ。

「私」はどこまでも部外者であり、「彼女」に絶望を与えるためだけの存在なのだ。

ただの傍観者よりなお悪い。私は天が彼女に使わした装置でしかない。

だから「私」に絶望はない。ただの同級生で旅行客でしかないのだから。

あっさり解放され、自身の人生に影響はなく、見間違いであったことを祈る余地が残される。彼女の絶望がより深いものであるために。

 

どう眠った?

全くわからない。話が見えない。でも雰囲気はわかる。二人の人物の夢にまつわる会話であることだけは確かだ。最初はイキイキと相方にアドバイスしていた方が徐々に元気をなくし自信を喪失してゆく。しまいにはアドバイスしようとしていた相手に慰められる。

その流れ自体は現実にもよくあるもののように思えて、内容は理解できないのにどこか卑近なものに感じる。そんな不思議な物語である。

 

父、まばたきもせず

あまりにも深い悲しみの物語。

圧倒的な絶望と悲しみを前にすると、人はこの「父」のようになるのかもしれない。

淡々とやるべきことを整理してこなしてゆく。

だが、彼が行おうとしていることは全くもって不合理である。

過程はおかしくないのに、目的そのものが狂っているせいで全てがチグハグなのだ。

だが、彼は彼なりに娘と妻を守ろうとしているのだ。その行為がどれだけ破綻していてすぐにでも終わってしまう浅はかな行いであるとしても。

最後の妻との対話の緊張感たるや。

男のまっすぐな瞳は、その信念故にではなく、絶望故に前を向くしかないのだ。

 

分身

いきなりコメディだなぁ。まぁグロテスクだし、登場人物の誰にも共感できないわけだけど。

 

 

オリエンテーション

好き。新入社員に対して「私」がオフィスメンバーを延々紹介してゆくのだが、誰も彼もが爆弾を抱えていて、まるで地雷原みたいなオフィス紹介。会話における禁忌が多すぎる。

とんでもない職場ではあるのだが、我々の現実の職場や人間関係も、実はこんな地雷原をタップダンスするかのうようなことを毎日繰り返しているだけなのかもしれない。

まだ紹介してくれるだけ、この職場は良いのかもしれない。

 

 

潜水夫

どこか孤独感を抱え空虚な毎日を生きる恵まれた男が主人公。美しい妻と子供に恵まれ、ヨットまで持っている。そんなヨットが立ち往生し、胡散臭い下品で粗野な潜水夫に助けを乞うことから全てがはじまる。

これほどまでに明日への活力が湧くような小説を僕は読んだことがない。

凄まじいカタルシスだ。

主人公の内面がここまでダイナミックに揺れ動いた小説を僕は読んだことがない。途中までの絶望的な閉塞感と絶望。後悔と怒りにがんじがらめにされるような苦しみ。最後までどう転ぶかわからない焦燥。

それらが去り、一瞬の凪ののちに、主人公の心情の変化が露わになった時、僕はとてつもなく爽快な気分になっていた。

空虚だと思っていた毎日が如何に得難いものであったことか、自分の少しの心掛けで全てが失われかけていたこと。

だが、「そうはならなかった」こと。

あまりにも後ろ向きの理由ではあるが身体中に力が漲る彼の心情が痛いほど分かった。

 

やぁ!やってるかい!

面白い構成の話だ。結末がある程度提示されてから進んでいく。これを描いた人間はきっと笑顔でランニングしている健康的な人間が心の底から嫌いなのだろう。そうでなければこんな話は書くまい。オチがギャグみたいで笑ってしまった。

 

ささやき

上質なホラー。最後までどこが着地点なのか一切わからないまま話は進んでいく。しかも主人公がその思考の中で読者が考えつきそうな展開をあらかじめ整理してくれている。それこそがある種のミスディレクションとなっていて、ラストはそんな小手先の推理など関係ないという純粋な恐怖であった。最後の1行で全てが凍りつく。

 

ケーキ

理想の自分になるために十分な準備を整えておいて、関係あるかもないかもはっきりしない不安要素のせいで足踏みしている話。

部屋の壁を埋め尽くすようなケーキを買っておいてそれを喰らい尽くすことを夢想しながら、それを誰にも見られてはいけないなどという。

丸々とした私になりたいと言いながら、この女の自我は既に肥大している。丸々と。

誰もこの女のことなど気にはしていないだろうに。

仕事にいかなければならないというあまりにも日常的で正常な判断で決断の時を遅らせている。

きっと箱の中のケーキはとっくに腐り切っている。

この女に残ったのはブクブクと肥大した空虚な自我だけだ。

 

喜びと哀愁の野球トリビア・クイズ

おもしろ人物伝。実際にあったことなのかどうなのかはわからないけれど、当事者にはなりたくねぇな、という感想になる。全てが噛み合わずうまくいかなかった話。

 

 

以上で各短編の感想はおしまい。

あとがきでも書かれているように、この本には僕たちを読む前とは違う場所に連れて行ってくれる物語がギチギチに詰め込まれている。

いや、連れて行ってくれるというよりは、居心地の悪い部屋から駆け出した先、そこが我々読者のいる場所だった、というべきなんじゃないか。

駆け出したその先が「居心地の悪い部屋」ではない保証はないし、そこから出ることは今度こそ叶わないのだ。