木曜レジオ

恥の多い人生ですね(達観)

もく読日記9冊目 青と緑

       綺麗な石だ

       男が女にキスをしているのを見たのはそれがはじめてだった

窓を全て開けはなった。

        燃えるように青い何かが遠くで囁いていた。

                           もちろん世界だった。

わたしたちは引き返さなければならない

                   幸福の中にはこのおそろしいほどの高揚がある。

しかし男の動きはだらしなく、意味も欠いていた。

                彼女は山は徴だと書いた。

 

 

久しぶりに書く読書日記である。

前回はこちら

もく読日記8冊目 安楽死を遂げるまで - 木曜レジオ

 

最近も勉強を兼ねた読書の記事は書いたが、趣味の読書日記は久しぶりな気がする。

今回読んだのは

「青と緑」ヴァージニア・ウルフ

青と緑 ヴァージニア・ウルフ短篇集 (ブックスならんですわる 01)

完全にジャケ買いだった。

素晴らしいデザインではないだろうか。こういう出会いを予感させる装丁に出会うと心が躍る。なんなら出逢いに満足して読むことが後回しになることもしばしばである。

 

まぁヴァージニアウルフの名前だけは知っていて気になっていたと言うのと、短編集を読みたい気分だったのも大きい。

 

説明

以下亜紀書房ホームページより

 

じつに、ウルフ的、もっとも、実験的。

イマジズムの詩のような「青と緑」、姪のために書かれたファンタジー「乳母ラグトンのカーテン」、園を行き交う人たちの意識の流れを描いた「キュー植物園」、レズビアニズムを感じさせる「外から見たある女子学寮」など。

短篇は一つ一つが小さな絵のよう。
言葉によって、時間や意識や目の前に現れる事象を点描していく。
21世紀になってますます評価が高まるウルフ短篇小説の珠玉のコレクション。
――ウルフは自在に表現世界を遊んでいる。


ウルフの短篇小説が読者に伝えるものは緊密さや美や難解さだけではない。おそらくこれまでウルフになかったとされているものもここにはある。 たぶんユーモアが、そして浄福感が、そして生への力強い意志でさえもここにはあるかもしれない。(「解説 ヴァージニア・ウルフについて 」より)

 

 

感想

難しかった。と言うのが素直な感想である。今まで僕が読んできた多くの小説は視覚を如何に文字に落と仕込むのかと言うことにある程度割かれていたのだが、この本は違う。この本でも勿論情景は描写される。だがそれは「意識の向く先」としての風景であり、風景の描写それ自体は影のようなものだ。意識がそれれば暴力的に風景描写、聴覚情報そのほかが切り替えられる。物語の視座が意識そのものの中にあるからだ。錯綜しているようにすら思える。

僕が小説を読む目的の一つに、他者の内面理解の参考にしたいから、と言うことがある。ある意味この本はそのかっこうの素材になった。人の意識、内面についてどこまでも具体の描写で肉薄しようとするからだ。全ての風景や所作は示唆的である。視座が意識の中にある以上、描写の全てに意識が、脈打つ意識が行き渡っている。

常に誰かの意識の中にいるような独特の緊張感がある。

「堅固な対象」・「外から見たある女子学寮」が特に気に入った。

「堅固な対象」はまずわかりやすい。この短編集、ものによってはストーリーが一切なく、状況説明に終始するものすらある。「同情」などは故人との会話の反省に始まり実際には行っていない会話を妄想し、残された未亡人の立ち振る舞いをありありと妄想する話で、その物語の間に新しいことは何も起こってはいない。backnumberの「高嶺の花子さん」を思い出した。二人の人間の決定的な、すれ違いをここまで手応えを持って描かれているのは読み応えがあった。

「外から見たある女子学生寮」は、僕個人としてはこの物語の「意識」にすんなりと入ることが出来て、最後のあの窓を開け放すカタルシスは経験したことがあるとすら思った。僕が好きな夜の空気感の描写とも相まって、朝焼けのひり付くような気配と、正月の朝に吸う綺麗な空気を思い出した。

「憑かれた家」はホラー好き、怪談好きとしては惹かれざるを得ない。幽霊、幽霊のような男女の描写が独特だ。彼らはなんなのか、家が見ている夢のような、そんな曖昧な、でも居る存在。

僕がずっとこよなく愛し、15年以上の長きに渡って手放していない本に「六番目の小夜子」がある。この物語の最後に『彼ら』と言う存在が登場する。

 

彼らはいつもその場所にいて、永い夢を見続けている小さな要塞であり、帝国であった。

彼らはその場所にうずくまり、『彼女』を待っているのだ。

ずっと前から。そして、今も。

顔も知らず、名前も知らない、まだ見ぬ『彼女』を。

 

こうして物語は締め括られる。僕はこの『彼ら』が何のことなのか全くピンとこなくてずっと引っかかっていた。

ヴァージニア・ウルフの「憑かれた家」を読んでようやくその正体がわかった気がした。別に幽霊だと言うのではない。そこにいてずっと待っていて、夢見ている帝国。

見当違いかもしれない。でも僕はようやく『彼ら』の輪郭を掴めたような気がした。

 

まだきっとこの短編集の10%味わえていないのだろう、だからこれかも何度か読むことになる。そんな予感がする。そんな短編集だった。