木曜レジオ

恥の多い人生ですね(達観)

サウナ

 サウナに入ると入り口のすぐそば最下段に大男がいた。

身長は2メートル近く、体重は3桁くらいあるのではなかろうか。俯き加減で表情は見えない。

思わずマジマジ見そうになったがあらぬ誤解を受けても嫌なので俺は早々にサウナの奥へと進んだ。尻の下に引くシートを置きながら俺はこんなことを思った。

 当てが外れてしまった。

 世間は今話題のあのにっくき感染症のせいでどこもかしこも不景気だ。町から人は消え乗り物はすっからかんだ。誰も彼もがあの見えない敵を恐れている。

 みんなばかだ、所詮感染症の一つや二つ、サウナで治るに決まっている。というかサウナで死ぬなら後悔はない。

 俺はサウナ狂いだ。大体のことは灼熱の熱気が解決してくれると本気で信じている。

 最近は冷水で体を冷やして「整える」だなんだ言ってる奴がいるが俺に言わせればそんなのは甘えだ。灼熱の中で誰よりも長く己の限界まで耐えて自己との対話を深める。これは禅だ、サウナ禅だ。友人にこの話をすると狂人を見るような目で見られたが俺は実際サウナに関しては狂っているのだろう。馬鹿なのだろう。

 このサウナはスポーツジムに併設されているもので普段は多くのおっさんがひしめきあい大声で雑談をしている。だが例の感染症が流行って以降俺の読み通り利用者はどんどん減り、ここ数日は俺の貸切状態だったのだ。とはいえこのジムもあと数日で休業するようだが。

 そんな広々として真新しいサウナを独り占めしていたのだが今日は先客がいた。

まぁいい。俺は明日も来るし1日くらいそんな日もある。そんなことを思いつつ呼吸を整え「サウナ禅」の状態に入った。汗なのか水なのかわからぬ液体が体を覆う。液体と自分の境界面が消失する。俺は今サウナと一体化している。

 男は微動だにしなかった。一瞬死んでいるのか?とも思ったがよくよく見れば息はしている。微動はしていた。だがこの男、中々の猛者である。かれこれもう三十分は経ったはずだ。もしやサウナ禅の同志なのだろうか。熱気と脱水でやや朦朧としてきた頭で俺はそんなことを考えていた。すると男が突然口を開いた。

「こんな、都市伝説を知ってますか?」

いきなりのことで俺は何も反応できずにいたが男はこちらを見もせずに続けた。

「サウナに行くと巨漢の男がいて、そいつと勝手に張り合っていたら巨漢がしばらくしてふらふらになって出て行ったんですよ。そして巨漢が目を覚ますと病院のベットにいてにいて、番台さんがサウナの入り口で倒れていた巨漢を運んでくれたことを知るんです」

俺は思わず問いただした。

「ん?その巨漢に張り合ってた奴はどうなったんだ?」

すると男は少し笑みをたたえた口調でこう言った。

「おそらく巨漢に入り口を塞がれてサウナの中で意識を失ってたんでしょう。番台さんにも気づかれてませんでしたし」

「し、死んだのか?」

「さぁ」

 あくまで都市伝説ですよ。と男はいった。

思わず俺は男と自分の位置関係を確認した。当たり前だが男の方がドアに近い。もしもこの男がサウナの入り口を全力で封鎖したなら?

こんなにも暑いのに冷や汗が出てきた。

「私ねぇ仕事がなくなりましてね、こんな状態じゃないですか、ニュースじゃ最近進んでる宇宙開発由来のウイルスだとか言ってますけどまぁ出どころなんてどうだっていいですよ」

「それは、何とも」

鼓動が早くなる。この男、死ぬ気か?まさか俺も道連れに…

無意識のうち足に力が入る。

「私、サウナが好きでして」

男がゆっくりと振り返る。

「死ぬならサウナですよねぇ」

俺は思わず駆け出した。熱中症でもたつく足は滑りを帯びた床を滑り宙を舞う。

ゴッ

俺は勢いよく頭を床に打ち付けた。全身の力が抜けていく。わずかに残る意識の中、無表情で見下ろす男の顔があった。

 

俺が目を覚ますとそこは病院のベットだった。どうやら助かったらしい。

「あ、お気づきですか?」

看護師が話しかけてきた。

「もうあんなサウナの入り方をしちゃいけませんよ」

お酒を飲んでからなんて。と看護師は言った。

「すみません、どうやら私は自暴自棄になってたみたいで…」

そういうと看護師は神妙な顔つきで言った。

「実は一緒に入られてたお客さん、あなたがお酒飲んでサウナに入って意識失ってる横で転んでそのままなくなっちゃったみたいですよ」

「へぇ…」

「二人とも手遅れになる前にジムの人に見つけてもらえてよかったですね」

「ええ本当に、体と命は大切にしないといけないですね」

俺は改めて噛みしめたのだ。しにゆく男の顔と助かってしまった自分のことを思いながら。