ル=グウィンの「文体の舵をとれ」を買った。
この作者が何者なのかもよく知らないし、完全に勘だけで買ったほんだ。
物語を描く人に向けた技巧の練習本のようだ。元が英語の本なので、例示されたりする美しいであろう英語の原文を直接読んで感じ取れないのは些かもどかしいが、普通に読んでいて楽しい。章ごとのテーマに沿った実例の開示の後に、それに基づく練習問題が出される形式の構成となっている。
せっかくなので練習問題をこのブログで練習していきたいと思う。
練習問題①文はうきうきと
問1 声に出して読むためのナラティブの文を書いてみよう。
その男、なんとかかんとか島に着いた時、日はざぶざぶと沈み始めていた。
なんともかんとも言えない顔で、砂か塩か分からぬザリザリで覆われて、恨めしそうに太陽に目を向けた。
男の相棒たる船は、すでに解けて海の藻屑。
ザクザク歩く砂の上、ジンジン痛む足すすめ、ズンズン沈む心を支えて、全然平気と嘘をつき、ゾンビの如き顔と動き。
ハァハァぜいぜいガクガクずきん。
焦る男と反対に、周りの景色はのどかなものだ。
チャプチャプざぶざぶサラサラとぷん。
やっと見つけた椰子の木の、下で男は座り込む。
ほっと一息、椰子の実一つ、頭をかち割り、バコッとひと逝き。
問2 動きのある出来事、もしくは強烈な感情を抱いてる人物を一人描写してみよう。
その瞬間、私の頭の中は熱した鉄の塊が突っ込まれたのと同じようになった。
湯気だち、はじけ、熱く震え、そして何より赤くなった。
普段なら、いつもであれば、電車での横入りなど気にもならないはずなのに、今日だけは違った。
憎い、目の前のこの男が憎い。
今日、この場所にバールがなかったのは幸いである。
お返しにこの男の頭にも鉄の塊が叩き込まれていたかもしれないからだ。
手が震え、息が震え、視界も震える。
決壊したのだ。
大雨の日、どこかのタイミングでダムが決壊するように、私の心は決壊したのだ。
決壊したダムから溢れ出る濁流は全てを下へ下へと押し流す。
今日は雨だった。何もうまくいかず朝からずっとずっとずっとだ、ずっとイラついている。
一つ一つは大したことはなかったのだが、それでも、もはや限界だ、この男が憎くて仕方がない。
この男の罪は軽い。だがしかし、今日私に雨が降り続いたように、雨は降る場所を選ばないし、いつだって不快は雨は予想外なものだ。降るとわかっていれば傘を持って家を出ればいいだけなのだから。
横入りされたせいで私が僅かに後ずさった時、背後の人物の靴を踏む感触がした。
その瞬間、私の体は後ろにいた男に突き飛ばされた。
雨に濡れた床のせいで踏ん張りが効かない。
チラッと見えたその男の目は赤く燃えたぎっていた。
どうして、私なのか、そんな疑問は雲間から鮮やかな青空が現れるように解消された。
その男の目には並々と怒りが湛えられ、すでに溢れ出していたのだ。私の体は怒の濁流に押し流される。
わかる、その怒りを理解したが、それ故にその理不尽、その小ささに私の怒りには再び火が灯る。
私は、前にいた男の肩を掴み、ホームへと滑り込んできた電車の方へと差し出した。
お先にどうぞ。
濁流が止まらない。