木曜レジオ

恥の多い人生ですね(達観)

患者かもしれない第8心読書記録6冊目「精神療法の第一歩」

沈黙が煩いな

       サイレンが聞こえないよ

キンチョー感なくて

      悪いことしちゃいそうだ

 ビレッジマンズストア「ビレッジマンズ」より

漸く最高に快適な気温の季節になりましたね。頭も夏より回るようになってきた気がします。空回りかもしれませんが。

本を買うだけ買って消化できないことも多いのですが、漸く少しずつ消化し始める余裕が出てきました。 さて、そんなわけで8冊目はこちら

新訂増補 精神療法の第一歩

うーん、この上ない名著の佇まい。

目次

概略

Amazonから引用

精神療法家・成田善弘の出発点であり,かつ現在の姿をも示す名著,待望の復刊。 初版刊行以降,精神療法家の活躍の場は拡がり,技法もますます多様化してきた。しかしながら本書は限られた技法に焦点を当てるのではなく,「精神療法とは何か」を問い,いかにその第一歩を踏み出すかを示すものであり,変わることなく精神療法家の道標となりつづけるものである。 「精神療法とは何か」,「治療者の基本的態度」,「面接過程での着眼点」,「初心の治療者の抱くいくつかの疑問をめぐって」の各章は初版そのままに,本書では新たに現在の著者の思考が「補注」「付章」としてつけ加えられている。 本書は精神療法家を志す人のまぎれもない「第一歩」となるとともに,これまで著者の著作に慣れ親しんできた読者には,著者の思考の源流を辿るように読まれるだろう。

目次

第1章 精神療法とは何か 第2章 治療者の基本的態度(治療構造の設定;受容すること;面接世界の構造) 第3章 面接過程での着眼点(病気をめぐって;病気についての患者の説をきく;病気についての治療者の説を組み立てる ほか) 第4章 初心の治療者の抱くいくつかの疑問をめぐって(患者が治療者にいろいろ質問し、解答を求める場合、治療者はどう対応すべきか;治療者が患者にこれ以上きくことがないと感じて、何をきいてよいかわからない場合;治療者の質問に患者が答えてくれない場合 ほか) 付章 いまあらためて精神療法とは何かを考える

対象読者

第一歩のタイトル通り、精神療法を学ばんとする初学者向けのものである。まえがきでも他の書物と並行して読んでもらえれば、と書いてある。

骨太度

低い。低いというと内容が浅いのかという話になるが、決して浅くはない。 ただ、個別の精神療法について述べたものではない、という意味である。 だから、小難しい理論や横文字は出てこない。ただ、背景に様々な理論があることは本文にも描かれている。

読んだ目的

まぁ精神療法というものをなんとか学ぼうとして、その入り口として読んでみたわけである。

感想

非常に読みやすかった。 恐ろしい速さで読める。そんなに焦らなくても2-3時間もあれば読めるほどの読書負荷である。だが、それは内容が薄いとか、浅いとかではない。精神療法という大きなテーマを平易な言葉で簡潔にまとめる筆者の技量によるところのものだ。 この本でテーマとなっているのは勿論精神療法なのだが、ひたすらに患者と治療者の関係、間合いについて書いてあると言っても良い。そら当たり前だろ、という話なのだが、そうではない。ここでは理論は背景に引っ込み、生身の患者と治療者のことが迫り来る風景として繰り返し描画されているのだ。 本書の内容の「生々しさ」を理解してもらうには、「患者からの贈り物」について三ページもの紙幅を割いていることを挙げてみても良いかもしれない。 理論ではなく、その生々しい関係が取り扱われているがゆえに、この本の内容は色褪せないのだろうと思う。

本書を読んでて思い出したのは、初期研修医の頃に陪席で経験したある面接だ。

精神科の外来と言うのは、ある意味ファンタジックな場であり、僕自身まだまだこの場に身を置いて一年未満と日は浅いが、それでも、数多くの印象的な体験が語られるのを聞いた。

だが、そんな体験と比較してもいまだに圧倒的に印象的な面接が初期研修で精神科をローテーションした時にあった。(以下は多少の脚色/改変込みでの描写である)

診察室に少し慌ただしく入ってきた若い女性。おしゃれに着飾っている。 いつものように、他の患者に対するのと同じように先生が挨拶をする。返事もせずに彼女は着席し、何も語らない。 先生も何も言わない。 ピリついているようでどこか間延びした空間。 僕は先生の横で、手を膝の上で握りながら喉を鳴らすのさえ躊躇った。 やがて、次患者の予約時間になると先生はそのことを伝え退室を促して、彼女はそれに静かに従った。

その時に先生が僕に語った言葉はあえて伏せるが、この時のことを本書を読むと何度か思い出す場面があった。 あの時あの瞬間が、僕が患者の内面の生々しさに触れた初めての体験だったんじゃないかと思う。 彼女と僕の間には十分すぎる距離があったのに、まるですぐ横にでもいるかのような圧迫感。 あの独特のひりつくような空間。 もしかしたら見当違いなのかもしれないが、あの空気感、あの場こそが彼女の内面の再現だったのではないかと思うのだ。 何も聞こえないのに、溢れ出る何かに圧倒されて立ち竦む激しい停滞。

本書の中でも「第4章 三.治療者の質問に患者が答えてくれない場合」において沈黙についての洞察が描かれている。

フック

本書は初版の内容に対して、補注で更なる臨床経験を積んだ筆者からツッコミが入っているのが独特の構成である。 その補注11 中断と終結が個人的には短いながらも得るものの多い内容であった。 治療が終結するとはなんなのか、というよくわかるようでわからないことが(あくまで理想としてではあるが)クリアカットに表現されている。

中断ではなく終結と言えるには、①主訴の解消②主訴を生じさせた準備状態の解消③転移の解消(治療者が等身大の1人の他者とみえてくること)④治療者との分離に伴う感情の表出と解消⑤治療者への感謝(自分の現在は治療者という一人の他者の助力があってはじめて可能であったと認められること)などが必要と考えられる。

新訂増補 精神療法の第一歩 p.188より

この補注のキモは更に後の「中断」の場合についてなのだが、この5つの条件は自分自身の治療の目指すべき方向に迷っていた僕に一つの指針となってくれる予感がしたのだ。 勿論それぞれの疾患にはある程度の型に沿った治療法がある。だが、それとは別に、患者と治療者としての自分が目指すべき方向が見えず、どことなく、居心地の悪さを感じていたことを自覚した。

僕にとって想定される本書の内容を使う場面

折に触れて読んだり思い出すことだろう。 本書をクルズスで使っている、という評価を得ているとのことが本文に書いてあったが、まさしく誰かに精神科での患者との関わりについて問われれば、この本を提示したくなることは間違いない。そんな一冊である。

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