木曜レジオ

恥の多い人生ですね(達観)

患者かもしれない(仮)第初心

ここに今ぼくがいないこと誰も知らなくて

    そっと教えてあげたくて君を待っている

 

         たま『電車かもしれない』より

 

久しぶりのブログです。四月も半ばを過ぎました。

専攻医になりました、なってしまいました。お察しの方もおられるかもしれませんが、精神科医になりました。

 

精神科専攻医になって

今のところ後悔はないです。とても楽しく、緊張感も持ちつつ目まぐるしく日々が過ぎていきます。

僕は初期研修を精神科病棟のない総合病院で終了しました。何人かの精神科の先生のお世話になりましたが、特にM先生のお世話になり、以下の内容の多くの部分がM先生の受け売りだと思ってください。とはいえ、僕の誤解や記憶違いもあるのでそこはM先生に関係なく、僕自身の誤りであり、精神科医1年目のペーペーが偉そうにネットで書き込んでいるだけの内容であることをご容赦ください。

閑話休題。おそらく精神科医としては精神科の病棟をあまり見ずになる人間は少数派なのではないでしょうか。そんなこともないのかな。少なくとも現時点の同期にはこのような人間はいません。地域研修で単科の精神科研修は行いましたが、それだけではやはり限界があったようにも思います。

なぜこんなブログで自分語りみたいなのを始めたかというと、どこかに僕の「初心」を残しておきたいと思ったからです。そしてできれば今後の学びや経験も。

精神科という仕事について僕はまだ多くを知りません。ですが、僕の直観としても、初期研修でお世話になった先生が言っていたこと一致していたことが一つあります。

精神科医は自分の立ち位置を客観的に評価することが難しい」

自分の治療が適切なのか、それとも思い込みだけで突き進んでいるのか。

最近は、内科における採血検査に該当するような、精神科疾患に関するバイオマーカーや客観的な検査も研究が進んでいるようですが、いまだ科学として発展途上でもあり、内科の採血検査がそうであるように解釈にも難しさがあるのだと思います。

 

そんな中で自分の精神科医としての出発点を記録しておくことは重要であると考えます。それに、精神科医として患者さんのことを書けない以上自分語りするしかないという事情もあります。

あとはまぁ、一応ネット上でのおまじないとして言っておきますが、僕が語る僕のことにはフェイクや欺瞞情報がそこそこ含まれていますのでよろしくお願いします。

では内容に入っていきましよう。

客観視 fly on the wall

さて、自分を客観視する、という話が出ました。精神科で客観視を行うことは難しいと言いつつも重要な事でもあります。そこで僕は師事する先生に相談しました。そこで受けたアドバイスが複数の軸で治療成績を評価する事でした。

軸としては3つ。「初期診断とその後の診断のズレ」「ドロップアウト率」「GAFスコア」を現時点では考えています。

 

診断について。

M先生曰く「知能が高いものが正しい診断に至るわけではない。間違うスピードが速くなるだけだ。より精密にそして論理的に間違う。所謂『難治性』と呼ばれるものの中にはそもそもの診断が誤っているものも多い。治療がうまくいかないときには常に『診断が誤っている可能性を考慮せねばならない』」。

患者を直したければまずは正しく診断する事。当たり前ですけど見過ごしがちなことかもしれません。治療法を知れば知るほどいろいろ試したくなるのでしょうけども、try and errorを繰り返す前に立ち止まり、もう一度最初に立ち返ること。いつでも問い直す準備をしておくこと。それを心がけようと思う。

 

ドロップアウト率について。

入院よりは外来業務の話にはなるのでしょうけども、精神科で治療継続が困難になる原因の一つとしてはドロップアウトがあると思います。ネットでは患者側の問題として語られることが多い気がしますが、我々が精神に向き合うプロである以上、ドロップアウト率を下げることは努力すべきことであると考えます。そのための技法も身に着けるべきであると思います。

 

GAFスコアについて。

これはまだ僕自身正解が見えないのですが、患者の治療効果判定に使える汎用性の高い客観的な指標がないものかと考えています。その一つとしてGAFスコアはある程度使えないものかと考えています。ただ、このスコアの再現性や、有用性に関してまだ何も知らないのであらためて学びたいと思います。また、より有用なものがあればそれを取り入れたいと考えています。

 

これらの軸を通して得られた自分の治療成績と一般的な治療成績・予後を比較して自身のできていることできていないことを評価していきたいです。

 

動機付け面接について。

M先生は動機付け面接についてとてもよく教えてくれました。「一般的な精神医学の知識は正直座学でも身に着けることができるけれども、こればかりは訓練しかない」ということで、面接の技術に関しては、平均よりも指導を受けたのではないかと思います。まぁ僕の元々のコミュニケーションスキルの低さを思えば、プラスマイナス若干プラスくらいなのかもしれませんが。

ただ、患者さんとのコミュニケーションを理論立てて学んだことで、患者さんとのコミュニケーションそのものでどうしたらいいかわからなくなってしまうことはほとんどないような気がします。もちろん経験も浅く、これから困ることは山ほど出てくるでしょうけども。OARSなども含め、とても役立っています。理論に基づく戦略立った会話というものはとても刺激的で、再現性もあるので次回へのフィードバックを行いやすいのも良いですね。なので今後もMIの勉強会があれば積極的に参加したいと考えています。M先生には一緒に勉強する仲間を見つけなさい、と言われましたが、まだ同期になじめていない気がします。だれか仲良くして~!!!!

 

論文に関して。

論文を読まなきゃというのはわかっているんですがどうにも苦手で逃げています。英語も嫌いだし。最近はDEEPLなどの有用な翻訳サービスもありますしガンガンハードルは下がっているのだと思います。であればやはり読むべきでしょう。論文よんでるカッコいい自分を想像して頑張ろうかな。バカなので論文読んでるだけでカッコいいと思ってしまいます。

論文に関してですけどもEBMについても僕は今雰囲気でしか知らないので統計に関しても余裕が出てきたら学びたいです。(精神科の知識も抜けているのにそんな余裕出てくるのか?)

論文をまとめるアプリ的なのもあるらしいですし、デジタルに適応しながら頑張っていきたいと思います。

勉強について。

思っていたより忙しく、勉強の時間をとれていません。これに関してはおそらく僕の時間の使い方がへたくそなのと逃げている部分が多いと思います。僕は初期研修中は精神科の座学よりもどちらかと言えば面接スキルの訓練を重点的に行っていたこともあり、体系的な知識にかなりの抜けがあります。なのでここは是非とも補わなければいけないところ。何とかコンスタントに学んでいきたいと思います。できればこの場で簡単なアウトプットもできたら、と思っています。

 

結び。

ひとまず現時点で残しておきたい「初心」はこんなものです。また思い出した事、思いついたことがあれば追記しますが。まだまだ将来のことは見えていませんが精一杯頑張っていきたいと思います。

 

 

 

2022/04/27追記

タイトルを「心此処に非ず」から「患者かもしれない」に変えました。んーでもしっくりこないなー。あくまで(仮)なのは変わんない。心此処に非ずはカッコつけ過ぎててんー、って感じなんだよなー。

「患者かもしれない」は、ニュアンスとして「今日の私もあなたも、もしかしたらこれからの私とあなたが」というニュアンス、というのは後付けで「電車かもしれない」にかけたかっただけなんですよね。まぁいいや。また気が変わったら変えます。

 

電車かもしれない - song by macaroom, 知久寿焼 | Spotify