木曜レジオ

恥の多い人生ですね(達観)

NHKの集金vsテレビを知らない人

はぁ。
世の中に仕事は何種類とあるけれども、世間的に知名度の高い嫌われ仕事と言えばNHKの集金をあげる人間は多いんじゃなかろうか。
聖書でも徴税役人は死ぬほど嫌われてたし、お金を回収する人種というのはなんだかんだ嫌われやすいのは今も昔も変わらないのかもしれない。

「すいませーん、NHKの受信料の集金に来たんですけども」
さぁ、どう来るか。
よくあるパターンは勢いで押し切ると案外素直に払ってくれる人、テレビがない!一点張りでなんとか払わないようにしようとする人、居留守の人、そもそも留守の人などなど。
「はーい」
野太い声と共に玄関を開けたのは、白髭を床まで伸ばして作務衣を着た仙人のような男だった。わずかに開かれた扉の隙間から盗み見た室内にはうず高くカビ臭い本が積まれていた。学者なのだろうか。
「で?なんだって?」
思わず男の風貌に気圧された俺に男は要件を聞いてきた。
「あ、はい、すみません、NHKの受信料の回収に来たんですけども」
「えぬえっちけぇ?」
男はまるで聞きなれない単語でも効いたとばかりに訝しげな顔で復唱した。いや、知らんわけないだろ。惚けてんのかコイツ。と思ったが、この男の風貌からして世間知らずが過ぎて知らない可能性はあるかもしれないと思った。
「えーと、ご自宅にテレビやワンセグと言った受信できる機器はございますか?」
いつも通りの口調でそう尋ねると
「あ!テレビ!テレビね!テレビな!知っとる知っとる」
いや、知ってるかは聞いてはないのだが。
「えっと、持ってはいない、ということでしょうか?」
そういうと男はハッ!とした顔になった。
「いやいや!持ってないわけないだろうが!みんな持っとるもんなんだろ!?」
「テレビをもしかしてご存知ない?」
思わず俺がそう尋ねると男は絶叫した。
「知っとると言っとろうが!テレビジョンだろ!!あの、ほら、電波の!電波のやつ!箱みたいなやつな!」
ブラウン管の認識で止まってるのか。テレビジョンとかいう人間初めて見たぞ。
男のあまりの必死さにムクムクと邪悪な気持ちが芽生えてしまった。
「えっと、こちらを見ていただきたいんですが」
そう言って俺がスマホを取り出すと再び男は怪訝な顔をした。というかずっと怪訝な顔か必死な顔しかしてない気がする。
「なんだそのかまぼこ板みたいなのは」
俺が画面を撫でると暗かった画面が鮮やかなホーム画面に変わるのを見て男は息を呑んだ。
スマホと言います」
「す、すまふぉ、、」
気せずして「正しい」略し方で男は発音した。
「これは当社の最先端機器でして世間でもまだまだ珍しいモノになります」
「ほ、ほう、そら知らんわいな」
男が若干の安堵のこもった顔でつぶやいた。
ニヤケそうになるのを必死に堪えつつ俺は素早くYouTubeを起動し、適当なテレビの広告動画を再生した。
「ファ!?絵、絵が動いとる!?!?」
男は目を見開き驚愕の表情を浮かべた。
マジかこいつ。
「すまふぉ、というものはすごいもんなんだなぁ、いやぁ知らなんだ知らなんだ」

「なんにも知らなんだ」

そう言った男の手に握られたナイフは俺の腹に突き立てられていた。
「え?」
脱力した俺の体を室内に引き込む男の声がぼんやりと聞こえてくる。
「お!こいつ、金をたんまり持っとるな、なんだかよくわからんがこの金っちゅーもんがないと色々とうまくいかなんだからなぁ」
乱暴にごとごととカビ臭い部屋に体が投げ出される。痛いし熱いし寒い。
「こ、こんなことして、許されない、ぞ、絶対に、バレる」
なんとか絞り出した俺の言葉に男は満面の笑顔で持って返答したのだ。
「なーんにも知らなんだ」