木曜レジオ

恥の多い人生ですね(達観)

ハルキゲニア

ハルキゲニアという生き物のことをご存知だろうか。
俺はよく知らない。
村上春樹とは関係がない。多分。
古代の地球にいた生物の一種で、蛇の背中に刺刺を生やして、ヒョロヒョロの足と顎の下から触手を生やしたような生き物である。
発見された当初はトゲが足だと思われていたという話を何処かで聞いた気がする。表裏が逆に思われていたわけだ。
そんなハルキゲニアが僕の目の前にいる。
職場からの帰り、雨が降りしきる道をトボトボと歩いているといきなりソイツは十字路の向こう側にいた。
ヌメヌメとした蛇のような体にトゲトゲとした背中、そして触手と頼りない足。
ボゥと電柱の灯に差照らされたソイツはこちらをじっと見つめていた。
だがコイツはハルキゲニアではない、何故なら体長が5メートルくらいあるからだ。
しかも上下が逆さまでトゲをアスファルトの地面に突き立てていた。
カリカカリカリカリ
思わず硬直していた僕だったが、アスファルトを擦る不快な音で我に帰った。
ハルキゲニアはそのトゲを器用に動かしてこちらににじり寄っていたのだ。
拳大ほどの黒々とした眼球と思われるモノがこちらを見つめている。
逃げなければ。
そう思った。
「私はコケているのだが」
いきなり話しかけてきた。
「えっ、あっはい」
くそッ、思わず返事をしてしまった。
「コケて困っている生き物がいたら助けるのが生物としてのあるべき姿なんじゃないか?最近の生物はダメだな」
生物種としてダメ出しされた。いや、古代生物こそ助け合いとかしてなかっただろう。知らんけども。
てゆーかお前は絶対ハルキゲニアじゃねえし。
「いやー、でもなんかデカイしどうしたら良いのやら」
そんなことを言いつつヘラヘラしていたらソイツは呆れたような声で言った。
「ハァ、もういい、なんとかする」
そういうとカリカリと音をさせつつ僕がいる方向とは違う道へと進み始めた。

その日以来、俺は何となく逆立ちの練習を始めた。なんとなくあのハルキゲニアが見ていた景色を知りたくなったのだ。元々隠れた才能があったのか3ヶ月も続けていると普通に逆立ちのまま歩けるようになった。

ある晩、真夜中の河川敷で逆立ちのまま散歩をしていると目の前にハルキゲニアが現れた。
「助けてやろうか?」
どうやら俺がひっくり返っていると思ったらしい。なるほど、コイツ、いいヤツじゃないか。
「いや、いいよ、好きでやってるだけなんだ」
「そうか」
数ヶ月ぶりに会ったハルキゲニアはどうやらちゃんとした向きになれたようだった。
薄暗い河川敷で月の明かりにぼんやりと照らされた彼はいよいよ夢のような存在だった。
「よかったな、ちゃんとした向きになれて」
そう言うと
「うむ、だがまぁこれはこれでつまらん景色だ」
と最初会った時のようにまたため息をついたのだ。
「上か下かなんて自分が分かっていれば大した問題ではないのかもしれんな」

そのあと俺たちは川に飛び込んで空を眺めながらのんびりと浅瀬に浮かんでいろんなことを語り合った。