「熊の場所」という本がある。
僕は古本屋で買ったのだが変わった装丁の単行本で、本の中に恐らく綿か何か詰めてあってモコモコしていた。
その面白さだけで買った。
短編集なのだが、その中にタイトルにもなっている「熊の場所」がある。
話の概要は忘れてしまったが、
人には逃げてもまた戻って来なければならない「熊の場所」がある。
という話だったと思う。なぜ熊なのか、と言うことは本編を読んで確かめてもらうとして、僕は時々この「熊の場所」と言う言葉を思い出す。
逃げたつもりが逃げられない、と言う話はホラー的にも恐らく定番で、筒井康隆の短編集「くさり」に収録されている「鍵」という短編もそのようなものであったと思う。
そう考えて行くと、京極堂シリーズの「姑獲鳥の夏」もまた逃げ出した過去に再び対峙する話であったかも知れない。
さて、小説の話はここまでにするとして、僕自身にとっての「熊の場所」とはなんなのか。
僕は。僕の人生は嫌なことからずっと逃げ続けてきたようなものだから「熊の場所」だらけになってそうな気がするのである。
何をするにも過去と対峙せねばならない。
大学とそこでの勉強は勿論、部活も、人間関係も生活も、どこかしらで僕は逃げ続けている。
でももうそんなことは終わりにしなければいけないし、いつまでも過去に戻ってばかりでは前に進めない。
だから気が遠くなるような話だけど1つ1つ熊の場所を埋めていってやらないといけない。
熊から取り戻さないといけない。
それに最近気づいたことなのだが、熊はあまり怖くない。
昔の僕にとって恐ろしかった熊も、曲がりなりにも成長した僕にとってはそこまで勝てない相手ではないことがある。
抽象的でふわふわした話になってしまったが、取り敢えず僕にとっての直近かつ最大の「熊の場所」は卒業あるいは卒業試験である。
なんとしてもこいつを倒して自分の場所を取り戻さないといけないのだ。
気分はマタギ。熊鍋にしてやる。